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‡ なぜ酒を飲んではいけないのか ―『梵網経』

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1.『梵網経』に説かれる酒の戒め

酤酒戒と飲酒戒

『梵網経』は、「酒類を販売すること」ならびに「酒類を飲むこと」の二つを戒めています。そして、酒類を販売することを重罪、酒類を飲むことを軽罪としています。

『梵網経』では、まず(大乗の)仏教徒が、自分から酒類を販売し、あるいは他人に酒類を販売したならば、酤酒因・酤酒縁・酤酒法・酤酒業があると説き、これを断罪しています。しかし、この一文だけでは、具体的に一体何をそれぞれ意味するか理解できません。

これは、中国唐代の高僧達も同様であったようで、その数ある注釈書の中で、皆の捉え方が若干異なっていることが知られます。そこでここでは一応、華厳宗の大徳、賢首大師法蔵[げんじゅだいし ほうぞう]による注釈書『梵網經菩薩戒本疏』の所説に順います。

賢首大師は、これらを「約位・約能・約所為・約具」と、四つの観点から「酤酒因・酤酒縁・酤酒法・酤酒業」とはそれぞれ何を意味するか注釈しています。

約位
酤酒因(酒を酤る因)…酒を自ら造ること
酤酒縁(酒を酤る縁)…他者に酒造法を教えること
酤酒業(酒を酤る業)…巧みに酒造法を説いて共に造ること

約能
酤酒因(酒を酤る因)…麹米などを酒の原料として置くこと(所有すること)
酤酒縁(酒を酤る縁)…酒造器具を所持すること
酤酒法(酒を酤る法)…原材料を酒造器具に設置すること
酤酒業(酒を酤る業)…常に酒類を販売すること

約所為
酤酒因(酒を酤る因)…酒を販売せずとも他者に酒を与える
酤酒縁(酒を酤る縁)…自ら酒を販売しに出かけて他者に酒を与える
酤酒法(酒を酤る法)…他者に酒の販売方法を示す
酤酒業(酒を酤る業)…他者に酒類を販売させる

約具
酤酒因(酒を酤る因)…酒類を販売した場合の利益を計ること
酤酒縁(酒を酤る縁)…他者に酒を売ることを求めること
酤酒法(酒を酤る法)…酒類の販売価格ならびに内容量を決めること
酤酒業(酒を酤る業)…酒類について金銭の授受をすること

『梵網經菩薩戒本疏』初篇酤酒戒第五(『大正新修大蔵経』40巻,P626中段)

少々煩雑ですが、要するに賢首大師は、約位・約能・約所為・約具を、酒造に携わることや与えることだとして解釈しています。これらの事があって、酒類を販売するという行為が成立する。故にこれらからも離れるべきである、あるいは注意すべきであるといったところでしょう。

大乗の菩薩

『梵網経』では、酒類を販売することなど十の行為を行うことは「菩薩の波羅夷罪」である、と強く断罪します。

波羅夷[はらい]とは、サンスクリットまたはパーリ語Pārājika[パーラージカ]の音写語で、本来は律の用語です。波羅夷は、僧侶の絶対に行ってはならない極重罪であり、僧侶でありながらこれを犯せば、ただちにサンガから追放され、いくらその罪を悔いて懺悔しても二度と僧侶となることは出来なくなります。これを犯すことは、「二度と比丘になれない」という出家者としての死を意味するものであり、その罪は一般社会における死刑に相当するものです。

しかし、『梵網経』の場合では、その意味が異なります。酤酒戒など十重禁戒を犯すことは波羅夷罪である、などと言いながら、律蔵と異なって贖罪不可の永久追放を意味しません。『梵網経』の規定する方法、例えば読経や礼拝などによって、懺悔をある一定の条件を満たすまでしたならば許されるとしています。

これは、『梵網戒』が出家者だけでなく、在家信者もその受戒対象としている為かも知れません。いや、そもそも、梵網戒はあくまで戒であって律ではないので、当然のことと言えます。『大智度論』に伝えられているように、菩薩だけの僧伽など存在しなかったので、「菩薩の律」・「大乗の律」などありはしません。

いずれにせよ、酒類を販売することは、菩薩としての極重罪であることは変わりません。

飲酒戒

『梵網経』では、酒類を販売することをまず重罪として挙げ、つぎにそれに比して軽罪として、やはり酒を飲むことも戒めています。

『梵網経』はまず、酒を飲むことの過失を挙げれば限りがないとし、酒を人に酌して飲ませることを戒めます。そして次に、みずから飲むことを戒めています。大乗の戒たる所以です。他人に酒をすすめ、酌して酒を飲ませれば、五百世に至るまで手の無いものとして生まれ変わる、と警告しています。

大乗でも小乗でもない日本

酒を飲むことが、多くの過失を引き起こす原因となると説くのは、大乗小乗に通じています。酒を飲むこと自体が、悪行や不祥事を引き起こす原因であるのに、ましてその原因となるものを他者に売りつけるなどもっての他である、というのが梵網戒の説くところです。

小乗に比して、自利だけでなく利他に励み、自他共により高い智慧の獲得を目指すはずの大乗の菩薩が、いったいどうして酒類を販売し、人々をして酔わしめる原因を世間にまき散らして良いのかと、これを強く断罪するのは当然でしょう。

日本仏教は、日本を「大乗相応の地」などと自負し、その実際を見たこともない小乗を劣った仏教として蔑視してきました。そして、僧侶として必要不可欠であるも小乗の徒の劣ったものと見なしてこれを無視し、あるいは放棄。梵網戒を優れた大乗のものとして受持しておきながら、現実はまったくの正反対を行っています。酒について言うだけでも、寺院・僧侶が、酒を飲むことも造ることも売ることなど、『梵網経』の所説にまったく反することを、常識的に当たり前のように行ってきました。

しばしば、「酒を売ることは重禁であるが、酒を飲むことは軽垢である。故に酒を販売などはしないが、酒は飲む。過ぎなければ良い」とする者があります。普段は「自らを大乗の徒」・「大乗こそ真の仏教」などと自負自称し、大乗の経典を学し信奉して(いる格好をとって)いながら、普段はまったく異なる行動基準で動いているのでしょう。もはや、酒を飲む飲まない以前の問題です。

結局、日本で行われてきた仏教とは、大勢としてのそのあり方を見る限り、大乗でも小乗でもなかったと言い得るでしょう。今に知られている、極一部の真摯な求道者を例外として。

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2.『梵網経』(酤酒戒/飲酒戒)対訳

酤酒戒(十重禁戒/第五重戒)

若佛子。自酤酒教人酤酒。酤酒因酤酒縁酤酒法酤酒業。一切酒不得酤。是酒起罪因縁。而菩薩應生一切衆生明達之慧。而反更生一切衆生顛倒之心者。是菩薩波羅夷罪

若し仏子、自ら酒を酤[う]り、人に教えて酒を酤らしめば、酒を酤る因、酒を酤る縁、酒を酤る法、酒を酤る業[ごう]あり。一切の酒を酤ることを得ざれ。是れ酒は罪を起こすの因縁なり。而も菩薩はまさに一切衆生の明達[みょうたつ]の慧を生ぜしむべし。而るを反って更に一切衆生の顛倒[てんどう]の心を生ぜしめば、是れ菩薩の波羅夷罪[はらいざい]なり。

もし仏弟子が、自分から酒を売り、他人に酒を売らせれば、そこに酒を売る原因、酒を売る条件、酒を売る法、酒を売る行いがある。いかなる種類の酒であれ売ってはならない。酒は罪を犯す原因・条件である。そもそも菩薩は生きとし生けるものすべてが、涅槃に向かう智慧を生じるよう活動すべきものである。にも関わらず、(酒を売り、飲酒させることによって)生きとし生けるものに(「わかっちゃいるけどやめられない」と言った類の)逆様な心を起こさせれば、これは菩薩として、死罪に等しい罪である。

出典:『梵網経』(『大正新修大蔵経』24,P1004下段)

飲酒戒(四十八軽戒/第二軽戒)

若佛子。故飮酒而生酒過失無量。若自身手過酒器與人飮酒者。五百世無手。何況自飮。不得教一切人飮。及一切衆生飮酒。況自飮酒。若故自飮教人飮者。犯輕垢罪

もし仏子、故[ことさら]に酒を飲まんか、しかも酒の過失を生ずること無量なり。もし自身の手ずから酒器を過[わた]して人に興[あた]へて酒を飲ましめば、五百世まで手無し。何[いか]に況[いわん]や自ら飲まんをや。一切の人を教へて飲ましめ、及び一切衆生に酒を飲ましむることを得ざれ。況[いわん]や自ら酒を飲まんをや。一切の酒を飲むことを得ざれ。もし故[ことさら]に自ら酒を飲み、人を教えて飲ましめば、軽垢罪[きょうくざい]を犯[ぼん]ず。

もし仏弟子が、故意に酒を飲めば、酒による過失が起こって、その過失を数え挙げる事は出来ないほどである。もし自身の手ずから酒の器を他人にわたして酒を飲ませれば、五百回にいたるまで手が無いモノとして生まれ変わる。ましてや自分が酒を飲むなど論外である。どのような他人であってもこれに飲ませ、および生きとし生けるものに酒を飲ませてはならない。自分が酒を飲むなど、もってのほかである。いかなる種類の酒であっても飲んではならない。もし故意にみずから酒を飲み、他人に飲ませれば、軽垢罪(十重禁戒に比すれば軽微な罪・悪しき行為)である。

『梵網経』(大正24, P1005中段)
[訳文:沙門 覺應]

沙門 覺應 (horakuji@live.jp)

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