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‡ 真人元開 『法務贈大僧正唐鑑真大和上伝記』(解題)

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1.解題

『法務贈大僧正唐鑑真大和上伝記』について

『法務贈大僧正唐鑑真大和上伝記』とは、宝亀10年(779)に、淡海三船(真人元開)によって著された、鑑真和上の伝記です。これは本来、『唐大和上東征伝』の題で刊行されていたもので、これが本来の書名です。また『鑑真過海大師東征伝』などの別称も存しています。しかしながら、今回ここで底本とした宝暦十二年東大寺戒壇院刊行本に基づき、今は一応、『法務贈大僧正唐鑑真大和上伝記』と題して紹介しています(以下は便宜上、原題に従った『東征伝』を用いる)。

『東征伝』を著した淡海三船[おうみのみふね]は、大友皇子の曾孫に当たる人で、儒学・漢詩を初めとして、天平時代を代表する文人・学者の一人、当時第一級の文人であった人です。一時期僧侶であったこともあって、仏教・仏典にも相当に通じています。一説には、日本最古の漢詩集『懐風藻[かいふうそう]』の編者であったとされています。

もっとも、この書は、淡海三船がまったく新たに書き著したというものではありません。これは、唐より大和尚に長年随行してきた唐僧、思託大徳によって、大和上の滅度直後に著されたという全三巻の伝記を圧縮した、いわば略本とでも云うべき書です。これは、その分量が三巻という比較的大部であり、また難解なもので伝記としては適当ではないと思ったためか、著者である思託大徳みずからが、淡海三船に新たに大和上の伝記を著すことを依頼し、成ったものであるといいます。

元本であり、略本に対して広本にあたるその思託大徳による伝記、ならびに思託大徳が伝記を著すに用いた資料などは、他の書に引用されていたが為に知られる断片を残すのみで、残念ながら散失して伝わっていません。

鑑真大和上について

鑑真大和上は、これは言わずと知れたと言って良いでしょう、天平勝宝五年(753)十二月、通算十二年都合五度の渡航失敗を乗り越え、ついに日本の土を踏んで正式な具足戒を伝えた、偉大な僧侶です。

翌六年(754)には、聖武天皇より日本における授戒に関する全権を与えられ、東大寺大仏殿の前に戒壇を築き、聖武天皇を初めとして、皇后、皇子ならびに公家の面々に菩薩戒を授け、そして日本において史上初となる授具足戒式を、440人余の若き沙弥らや、それまで日本仏教界において権勢を振るっていた古き僧侶たちの為に執行しています。ここに初めて、日本に比丘僧伽すなわち僧宝が、現実的な姿として誕生します。これは、仏教が公伝したのは欽明7年(538)であるとはされるものの、仏法僧の内の僧が欠如した全く不完全な状態で伝わり行われていた日本仏教が、ただしく仏教たりえるに至ったという記念すべき年です。

もっとも鑑真大和上渡来は、両手を挙げてすべての人に歓迎されたものではありませんでした。それまで僧侶として君臨していた層は、初め鑑真大和上のもたらした戒律の受容に難色を示し、これを拒否する構えを見せて抵抗していました。大和上のもたらした戒律を正統とし、自分たちがそれに従うということは、彼らの既得権や立場の喪失に関わることでもあり、またこれには彼らなりの根拠もあったためです。しかしながら結局、まず彼らの主張が正統のものとは到底認められないことと、天皇・朝廷の(僧界の綱紀粛正と統制などについての)意向もあり、彼らは(しぶしぶ)従っています。

この後、戒壇は大仏殿の西側に移され、東大寺戒壇院として、日本仏教における重要な役割を鎌倉期末頃まで担っていくことになります。そして、鑑真大和上の居所として、天皇から新田部親王旧宅が与えられ、これを唐招提寺として律学の本拠地、律宗の総本山となるに至ります。

鑑真大和上は、戒律についてのみ大きく功績があったのではなく、自身が天台の学の系譜を引いていたこともあり、天台の重要な典籍も多くもたらされており、その後の日本仏教に大きな影響を与えています。

ここで紹介する『東征伝』など伝承では、鑑真和上は五回目の渡航失敗の折、光を失われたとされています。しかしながら、最近ではこれについての疑義が提出され、鑑真和上は少なくとも日本渡来時にも目が見えていたとする説が持ち上がっています。これは、、現在残されている大和上当時の関連書の記述・筆致ならびに、鎌倉時代の伝記絵巻物「東征伝絵巻」において、大和上の目がぱっちりと開かれた状態で記されていることなどを根拠として言われているものです。しかし、この説に説得力を持たせるには、根拠とするものが不足していることは否めません。これが真であったとすれば大変興味深い事実の発見となるでしょうが、確度の高い根拠の提出が必要でしょう。

小説『天平の甍』

鑑真大和上の生涯ならびにいかに戒律が日本に伝わったかについて、昭和三十二年に刊行された井上靖『天平の甍』によって初めて知り、興味を持つようになったという人が少なくないかも知れません。この比較的世に知られた小説は、もっぱら『東征伝』の記述に従いつつ、大和上を日本へ招来した一大功績の人、普照大徳を主人公として、著者の想像力が大いに用いられ描かれたものです。大和上の功績を現代の人に伝え、知らしめたものとして一定の功績があったものです。

しかしながら、小説は小説、やはりこの『東征伝』を直接読むに如くものではありません。が、そもそもまず『東征伝』自体が、もはや書としては世に流通していません。また、これは原文が漢文であるために現代一般の人には近づきがたい印象のあるものであり、また実際として読解も困難であるかもしれません。

現在、『東征伝』に触れ得る書としては、まず蔵中進『唐大和上東征伝の研究』桜楓社(昭和51年)に勝れた研究・解説があり、また巻末には「校本『唐大和上東征伝』」を付されたものがあって、極めて有益です。また、他に手頃なものとして、蔵中進『唐大和上東征伝』和泉書院影印叢刊12が挙げられ、これにも蔵中教授による簡略ながら有益な解説が付されています。また、ここで底本とした東大寺戒壇院本以外に比較的容易に読めるものとしては、『大正新脩大蔵経』51巻(No.2089)に所収のものがあります。しかしながら、それらすべてにおいて、現代語訳などは付されておらず、やはり読解に難を伴うであろうことは否めません。

そこでここでは、『東征伝』を、広く人々に直接そして極力読解できるよう、原文・訓読文・現代語訳ならびに誤注を付して紹介しています。偏に訳者の無知無能によって、現代語訳ならびに語註が満足のいく、確かなものと言えないものかもしれません。しかし、これによって、人が、鑑真大和上の生涯ならびに過去の日本において戒律運動に携わった人々の功績と流れを知る切っ掛けとなれば幸いです。

戒律、それは仏教の命脈の根本です。この戒律への理解なしに、「仏教」は理解できず、また実践することも出来はしないでしょう。人なるもの、それは行くべき道を知りながら往々にして迷うもの、多く過ち、しばしば誤りを犯す矛盾したものです。しかし、戒と律という人の立場立場に応じて異なり、さりながらまた厳然としてある行動基準・規律によって、人はその迷いや誤り、過ちを正していくことが出来るものです。

『東征伝』、それは、鑑真大和上をはじめとする多くの人々が、その命を賭して具足戒(律)を日本に初めて伝えた歴史を語る優れた書であり、また同時に仏教において戒律というものが如何に重要であるかを現在に語り伝える書です。

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2.凡例

本文

このサイトで紹介している『法務贈大僧正唐鑑真大和上伝記』は、東大寺戒壇院『伝教大師全集』宝暦十二壬午年刊本を底本とした。

原文は漢文であるため、原文・訓読文・現代語訳を併記し、対訳とした。訓読文は底本の返り点に随って読み下したものである。

原文は、底本のまま旧漢字を用いている。ただし、訓読文は、適宜現行の漢字に変更した。

原文には、一部割注がなされているが、WEB上では再現不可能な為、それらを「下付き文字」(例;下付き文字)にすることによって、割注であることを示した。これは訓読文においても同様である。

現代語訳は、逐語的に訳すことを心がけた。もっとも、現代語訳を逐語的に行ったと言っても、読解を容易にするため、原文にない語句を挿入した場合が多くある。この場合、それら語句は( )に閉じ、挿入語句であることを示している。しかし、挿入した語句に訳者個人の意図が過剰に働き、読者が原意を外れて読む可能性がある。注意されたい。

難読と思われる漢字あるいは単語につけたルビは[ ]に閉じた。

語注

語注は、とくに説明が必要であると考えられる仏教用語などに適宜付した。ただし、これは原文にではなく、訓読文に付している。

本文に経論からの引用がされている箇所は、判明した範囲でその典拠を示した。それはすべて『大正新修大蔵経』による。例えば引用箇所が『大正新修大蔵経』2巻177項上段であった場合、(大正2,P177上段)と表示している。

原意を外れた錯誤、知識不足の為の誤解を含む点など多々あると思われる。願わくは識者の指摘を請う。

非人沙門覺應 敬識
(horakuji@gmail,com)

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