真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

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‡ 『根本僧制』(5)

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1.原文

第五条

第五に、律儀は是れ正法之命脈、禅那は是れ真智之大源、及び八万四千の法門*1 は、悉く皆甚深解脱の要路に非[あらざる]こと無し。須く各[おのおの]其の所楽[しょぎょう]に随て、日夜に修習し勤学すべし。懶惰懈怠*2 悠然として光陰を送り、及び浅深を諍論し宗我を逞すること*3 を得ず。→原漢文

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2.現代語訳

第五条

第五に、律儀(を守ることは)は正法の命脈であり、禅定(を修めること)は真実の智慧の源である。および八万四千の法門のすべては皆、甚だ深いものであって、解脱への道とならないものはない。すべからく個人個人が、その願い思うところに従って、日夜に(戒律と禅定と教えを)修め、勤めて学び行うべきである。懶惰[らんだ]し懈怠[けだい]して悠然と日々をおくり、また(自宗と多宗との)浅深優劣を論争して(我が宗、我が祖師こそ最高で絶対である、などといった)宗我をたくましくするなどしてはならない。

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3.脚注

第五条(原文)第五。律儀是正法之命脈。禅那是真智之大源。及八万四千法門。悉皆無非甚深解脱要路。須各随其所楽。日夜専精修習勤学。不得懶惰懈怠悠然送光陰。及諍論浅深逞於宗我→本文に戻る

*1 八万四千[はちまんしせん]の法門…仏陀の教えが人の能力や立場に応じて、巧みに、そして様々に説かれたことの比喩的表現。仏陀の教えは八万四千に及ぶと讃えているのだが、それほど多くの経典や教えが説かれたわけではない。→本文に戻る

*2 懶惰懈怠[らんだ]…懶惰は、面倒くさがってなまけること。懈怠は、おこたること。途中でやめること。→本文に戻る

*3 宗我[けだい]を逞[たくましく]すること…日本人がとても好きな派閥根性を、宗教に持ち込んだもの。自分が信仰している宗派こそが絶対であり、間違いが無く、それ以外の宗派は劣った、誤ったものであって、価値がないもの、と見なすこと。またこれを積極的に対外的に喧伝する態度。
日本では古くから、たとえば法華経系の信仰を持つ者にこれが多い。現在でも、創価学会や上座部という小乗の一派を信仰する者にも多く見られる。
しかし、実際そのような人々は、所属する宗派の修行に専心しているかというと、そうでもないことが多いようである。→本文に戻る

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