真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

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‡ 『正法律興復大和上光尊者伝』

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1.原文

是時門人中。親證最賢而純懿。以匡衛正法為己任。動静云為。一効尊者所為。猶顔回於仲尼。尊者亦特器重之。間励学徒曰。汝曹以證之志為志。則大法其庶幾復振乎。一日證奮然請尊者曰。方今正法不絶縷。苟不急維持焉。恐佛日墜于地矣。自今後。事無大小。一順佛正軌。莫雑澆末弊儀。

尊者曰。汝之志雖可嘉。其奈時未到何則不惟無裨于斯法。反来他?謗矣。證曰。佛世尚有外道起謗。況今日乎。世雖濁濫。法水未悉枯涸。又幸有二三同志。秘護密持。今正是時。不可失矣。

尊者大激其志。即従其言。作僧制以示同志。始号正法律。大而衆法。界之結解。戒之受捨。懺之軽重。安居要期。恣説治擯等。小而心念法。衣鉢坐具祇支覆肩等。及日用鎖事。遠原律文。近拠伝戒相承義。悉革其弊習。正其規制。使可貽悠久矣。

時有刹嵓紹應二禅師。視栄名利養。若将?焉。聞尊者之所説。拳拳服膺。佐尊者之化。以至終其身。正法之興。二師頗有力焉。嗚呼若二師者。可謂能守道而弗遷者矣。

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2.読み下し

是の時門人中、親證最も賢にして純懿[じゅんい]*1 。正法[しょうぼう]を匡衛[きょうえい]*2 するを以て己が任と為[す]。動静云為*3 。一に尊者の為す所に効[なら]う。顔回[がんかい]*4 仲尼[ちゅうじ]*5 に於るが猶[ごと]し。尊者亦特に之を器重して、間[まま]学徒を励まして曰く、汝が曹[そう]*6 證[しょう]の志を以[もって]志と為せば、乃[すなわ]ち大法其れ庶幾[いくば]くは復[また]振[ふるわ]んかと。

一日證[しょう]奮然[ふんぜん]として尊者に請[こう]て曰く。方[まさ]に今正法絶えざること縷[る]*7 の如し。苟[いやしく]も急に維持せざれば、恐くは佛日[ぶつにち]*8 地に墜[おち]ん。今自[いまより]後、事[じ]*9 大小無く、一に佛世[ぶっせ]の正軌[しょうき]に順じ、澆末[ぎょうまつ]*10 弊儀[へいぎ]*11 を雑[まじ]ること莫[なから]ん。

尊者曰く。汝の志嘉[か]すべしと雖[いえども]、其れ時未だ到らざるを何ぞ則[すなわち]惟[ただ]斯の法に裨[たす]け無[ぬ]のみならず、反[かえっ]て他の?謗[せんぼう]を来[きた]さん。證曰く。佛世尚外道の謗[そしり]を起す有り。況や今日をや。世濁濫[じょくらん]*12 なりと雖[いえども]、法水*13 未だ悉く涸枯[ここ]せず。又幸[さいわい]に二三の同志、秘護密持する有り。今正く是れ時。失うべからずと。

尊者大に其の志に激し、即ち其の言に従い、僧制を作って以て同志に示し、始て正法律[しょうぼうりつ]と号す。大にして衆法[しゅほう]。界の結解[けつげ]*14 戒の受捨[じゅしゃ]*15 懺の軽重*16 安居[あんご]*17 要期。恣説[しせつ]*18 治擯[ぢひん]*19 等。小にして心念法*20 衣鉢[えはつ]*21 坐具[ざぐ]*22 祇支[ぎし]*23 覆肩[ふくけん]*24 等。及び日用鎖事。遠[とおき]は律文[りつもん]に原[もとづ]き、近[ちかき]は伝戒相承[でんかい・そうじょう]の義に拠り、悉く其の弊習[へいしゅう]を革[かく]して、其の規制を正し、悠久に貽[い]すからしむ。

時に刹嵓[せつがん]紹應[しょうおう]の二禅師有り。栄名利養を視ること、将に?[えん]そとするが若[ごと]し。尊者の所説を聞て、拳拳服膺[けんけんふくよう]*25 し、尊者の化[け]を佐[たすけ]て、以て其の身を終るに到る。正法の興る、二師頗[すこぶ]る力有り。嗚呼[ああ]二師の若[ごと]き者は、謂うべし能く道を守って遷[うつら]ざる者と。

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3.現代語訳

この時、尊者の門人の中では、親證[しんしょう]が最も智慧優れて純粋にして立派であり、仏の教えを正しく実行することが自身の務めであるとしていた。その動静云為[どうせいうんい]は、とにかく尊者の振る舞いに準じていた。(それはまるで)顔回[がんかい]と仲尼[ちゅうじ]のような間柄である。尊者も特に親證を大切に思って、ことあるごとに他の学徒を励まして言われたものである。「おまえ達の同志である親證のような志をもって自己の志とすれば、仏法も多少ながらとも(仏教が正しく行われていた時代のように)再び盛んになるだろう」と。

ある日、親證は奮然として(何事かを決意し)、尊者に求めて言った。「まさに今、正法は絶えようとしてか細い糸のようです。本当に一刻も早く(佛法の興隆に努め)維持しなければ、おそらくは仏陀の威光は地に墜ちてしまうでしょう。今この時より後、本来の僧侶としてなすべき行為・行事について律蔵に規定されていることをあれこれと都合良く取捨選択せず、何はともあれ仏陀御在世に定められたあり方に従い、末世の誤った習慣に随うことのないようにいたしましょう」と。

尊者は(親證の願いに答えて)こう言われた。「おまえの志は(たいへん崇高でもっともあり、それ自体は)喜ばしいものだが、(ものには好機というものがあって)それを行うに適した時機が到来していないのに断行してしまえば、仏法を興せないというのみならず、むしろ他者からの誹謗を招くだけになりかねないだろう」と。親證は(更に尊者に)答えて言った。「仏陀が御在世のときにすら、外道に(仏教を)謗る者があったのです。まして今日のような有り様ならばあるのが当たり前でしょう。世間の人倫乱れているとはいっても、(仏陀の教えという)法水すべてが枯れ尽きているわけでなありません。また、幸いにも(ここには)二、三の同志がいて、(我々の志、目的を)軽はずみに吹聴して回るような者はいません。今こそが仏法を興す、まさに「時」なのです。この機会を失ってはいけません」と。

(はじめ躊躇したものの、ついに)尊者は大いに親證の志に奮い立ち、そして親證の勧めに従って、『根本僧制[こんぽんそうせい]』を著して同志に示し、(親證の志によって)始めたこの運動を「正法律[しょうぼうりつ]」と号するに到ったのである。大事に関しては衆法、結界の結解[けつげ]、戒の受捨、懺の軽重、安居[あんご]の要期 、恣説[しせつ]、治擯[ぢひん]などについて定め、細部については心念法、衣鉢[えはつ]、坐具、祇支[ぎし]、覆肩[ふっけん]などや、日用の鎖事などを定め、遠くは律文に基づき、近くは伝戒相承の義に拠り、(ありとあらゆる僧侶の威儀作法、生活様式などの)全てにおいて末世の弊習を改め、その規制を正しいものとして、いつの世にても存続するものとしたのである。

その頃、刹嵓[せつがん]と紹應[しょうおう]という二人の禅師があった。彼らの栄名利養を視る目は、まるでけがわらしいものを視るかのようであった。尊者の唱えられた正法律の説を聞いて、拳拳服膺[けんけんふくよう]し、尊者が正法律を宣揚して弘めるのを助け、その生涯を閉ざすまで長い間、力を尽くされたのである。正法(律)が世に広まって行われだしたのに、この二禅師は大変な助力となったのである。嗚呼、この二師のような者は、このように讃えられるべきである。「よく道を守って決して退転しない者」、と。

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4.語注

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