真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

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‡ 『正法律興復大和上光尊者伝』

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1.原文

躡屩振錫。疾走信中。求證大梅禅師。禅師曹洞之耆宿。道価重北方。乃見互相詰難数回。尊者留彼九旬乃還。還後歴叩諸師。如枘鑿不相投。

復還法楽禅坐東堂。猶如枯木。一日忽豁然。如釈重担。胸中蕩然。萬象森羅箇箇光曜。三世十方無罣礙。若白雲在空。巻舒自在。爾後自楽所證。怡怡如含甘露。不知飢寒切身。入定連日。不覚雷霆破柱。

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2.読み下し

屩[きゃく]を躡[ふ]み錫を振って、疾[と]く信中に走り、證を大梅禅師*1 に求む。禅師は曹洞の耆宿[きしゅく]*2 。道価北方に重し。見るに及で互いに相[あい]詰難[きつなん]*3 すること数回。尊者彼に留[とどま]ること九旬[くじゅん]*4 にして乃ち還る。還って後諸師を歴叩[りゃっこう]*5 するに、枘[ほぞ]*6 鑿[のみ]*7 の相い投ぜざるが如し。

復[また]法楽に還り東堂*8 に禅坐す。枯木の猶如[ごと]し。一日忽[たちま]ち豁然[かつねん]*9 重担[じゅうたん]*10 を釈[と]が如く、胸中[きゅうちゅう]蕩然[とうねん]*11 萬象[ばんしょう]森羅[しんら]*12 箇箇[ここ]光曜。三世十方*13 罣礙[けいげ]*14 無きこと、白雲の空にあって、巻舒[けんじょ]*15 自在なるが若[ごと]し。爾後自ら所證を楽み、怡怡[いい]*16 として甘露*17 を含むが如く、飢寒[きかん]身に切[せつ]なるを知らず。入定*18 連日。雷霆[らいてい]*19 の柱を破[やぶる]ことを覚えず。

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3.現代語訳

(自分には冥想の指導者が必要であると判断した尊者は)法楽寺を発って、ただちに信州に赴き、仏の教えがまさしく真なるものであると芯から体得すべく、大梅法撰[だいばいほうてん]禅師のもとを訪れた。大梅禅師は曹洞宗の耆宿[きしゅく]である。信州への道程は困難なものであった。(ようやくたどり着いた)尊者は、禅師と対面してから互いに詰難[きつなん]しあうこと数回に渡った。尊者は、信州に滞在すること九旬[くじゅん]で、(大阪に]還ることになった。(信州正安寺から大阪に)還ってのち、様々な僧侶のもとを歴叩[りゃっこう]しても、臍[ほぞ]を作るのに鑿[のみ]の形が合わないようなもので(尊者と見解を同じくする僧侶に遇うこともないので)あった。

(失望した尊者は)ふたたび法楽寺に還って東堂[とうどう]に禅坐した。(その姿はまるで)枯木のようであった。しかしある日、たちまちにして豁然[かつねん](として悟ったのである)。重担[じゅうたん]を肩から降ろしたように、胸中は蕩然[とうぜん]とし、万象森羅[ばんしょうしんら]はそれぞれが光り輝き、三世十方[さんぜじっぽう]に罣礙[けいげ]が無いさまは、まるで白い雲が空に浮かんで巻舒[けんじょ]自在であるようなものである。それよりのち、(尊者は冥想によって得た)自ら到達したところの境地 を楽しみ、怡怡[いい]として甘露を口に含むように、飢えや寒さにあっても気になるもので無くなった。入定[にゅうじょう]すること連日であり、(その冥想の深さは)雷霆[らいてい]が落ちて柱を打ち倒しても、(尊者は)それに気づかないほどであった。

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4.語注

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