真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

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‡ 『正法律興復大和上光尊者伝』(16)

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1.原文

於戯。世之習教者。不必修禅。修禅者。未嘗聞教。精於顕者或疎於密。専於密者多略於顕。独吾尊者。則備衆美而有之。兼通儒典。文又足以載其道矣。以故群機盡摂。萬理一貫。卓然為一代人天之師。震黄鐘于瓦缶雷鳴之際。翔霊鳳于衆禽紛飛之時。謂之如来之長子。護法之薩埵。其孰曰不然哉。其孰曰不然哉。至于神霊之感通。佛陀之妙応。則門人之所目撃。里巷之伝説。不可以一二数第事渉奇怪。非尊者意。所以茲不録也。

末資比丘拙葊諦濡薫香稽首拜撰

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2.読み下し

戯[たわむれに]、世の教を習う者は、必ずしも禅を修せず。*1 を修する者、未だ嘗て教を聞かず。*2 に精[くわし]き者或は密に疎[うと]く、密に専[もっぱ]らなる者多く顕に略なり。独り吾が尊者は、則[すなわち]衆美[しゅび]を備て之有り。兼て儒典[じゅてん]に通じ、文又其の道を載するに足る。以[この]故に群機[ぐんき]*3 盡[ことごと]く摂[しょう]し、萬理一貫[ばんり・いっかん]。卓然[たくねん]*4 として一代人天の師*5 と為[なる]。黄鐘*6 瓦缶雷鳴*7 の際に震い、霊鳳*8 衆禽*9 紛飛の時に翔[かけ]らしむ。之を如来長子、護法の薩埵[さった]と謂[いわ]んに、其れ孰[いずれ]か然らずと曰んや。其れ孰[いずれ]か然らずと曰んや。神霊*10 感通*11 、佛陀の妙応*12 に至[いたって]は、則[すなわち]門人の目撃する所、里巷[りこう]の伝説、一二を以て数うべからず。第[ただ]事奇怪[きかい]に渉[わた]るは、尊者の意に非ず。茲[ここ]に録せざる所以[ゆえん]なり。

末資比丘[まっし びく]拙葊諦濡[せつあん たいじゅ]薫香稽首拜撰

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3.現代語訳

真剣に「これこそ道である」との必死の思いもなく、世に佛教を学ぶ者は、必ずしも瞑想を行おうとはしない。また禅を修行する者は、経を読んでその教えを研鑽することもない。顕教[けんぎょう]に詳しい者の中には密教を知らない者があり、密教をもっぱらとする者は、殆どの場合、顕教を軽視して真剣に学ばないのである。(しかしながら)我が師である慈雲尊者は、瞑想と教義、顕教と密教それぞれに精通しておられた。また兼ねては儒教(や道教)にも精通し、その作られる文章は、その道を語ることをすら可能な見事なものであった。このようなことから、あらゆる者皆に仏教を様々な方法、巧みな手段で説いて伏させ、しかもすべてその言うことろの言葉の理は一貫として揺るぐことがなかった。ひときわ抜きん出て、この時代の人々や神々の師であった。黄鐘[おうしき]を瓦缶雷鳴[がかんらいめい]の時代に唱え、霊鳳[れいほう]を、衆禽[しゅきん]が飛び交っている時に、羽ばたかせたのである。このような尊者を、如来の長男、護法の大士であると賞讃したとして、一体誰が異を称えるだろうか。一体誰が異と称えるだろうか(いや、そんな者はいるはずもないのである)。(尊者に)神霊の感通や、仏陀の妙応があったことについて言うならば、弟子達が目撃したことや、巷で伝えられている話など、一つや二つなどと数えられるものではない。しかしながら、話が奇怪、不可思議なことに及ぶのは、慈雲尊者が遺志に反することである。であるから、私はその様な話を、この『正法律興復大和上光尊者伝』に記しはしなかった。

慈雲尊者の末弟子にして比丘の拙庵諦濡[たいじゅ]、ここに香を薫じて稽首し拝撰す。

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4.語注

  • 禅[ぜん]…冥想。天台大師智顗によれば、禅とは、止観を意味する言葉。→本文に戻る
  • 顕教[けんぎょう]…密教と対比させた場合の一般仏教の呼称。日本では弘法大師空海によって定義された。密教の立場からは、顕教の教主は釈尊で六波羅蜜行による「三劫成仏[さんごうじょうぶ]」が説かれているが、密教の教主は大日如来で三密加持による「即身成仏[そくしんじょうぶつ]」が説かれ、であるからが故に密教が優れている、と説明される。が、密教が即身成仏を目指す教えであるとは言えても、即身成仏の教えである、とは言い切れない。少なくとも日本史上、いや、仏教史上、即身成仏を達成した人は誰一人として存在していないのである。弘法大師もその例外ではない。(弘法大師空海は、その師恵果阿遮梨によって、四地の菩薩とたたえられているが、それでも相当に高い境地)。顕教と密教の違いは、その方法論にある、という理解に留めておくのが良い。→本文に戻る
  • 群機[ぐんき]…皆それぞれ異なる能力を持ち、異なる立場にある人々。あらゆる人の意。→本文に戻る
  • 卓然[たくねん]…ひときわ抜きんでているさま。→本文に戻る
  • 人天[にんてん]の師…優れた僧侶は人を導くだけでなく、神々をも導く存在であることをいう言葉。多くの仏典で、仏陀釈尊に帰依する神々が登場し、また、諸伝記にて、過去多くの高僧達が神々に帰依されたと伝えられている。仏陀の異称の一つでもある。→本文に戻る
  • 黄鐘[おうしき]…支那または日本音楽における音階の一。もっとも、ここでは『楚辞』にある優れた人物の譬えとして用い、尊者の思想と行動を譬えている。→本文に戻る
  • 瓦缶雷鳴[がかんらいめい]…平凡で愚かな人が分不相応な地位にあること。ここでは、仏教が正しく行われず僧侶が僧侶のあるべきようを忘れ、しかもなお尊大であることを指して言う。「瓦釜雷鳴[がふらいめい]」とも。先の「黄鐘」の譬えと共に『楚辞』卜居第六に出。→本文に戻る
  • 霊鳳[れいほう]鳳凰。古代支那にて信じられた、偉大な王の出現に先立って現れるという霊鳥。ここでは尊者の教えとその弟子、信奉者に譬える。→本文に戻る
  • 衆禽[しゅきん]…当時の非法の僧侶等を猛禽類に譬える。→本文に戻る
  • 神霊[しんれい]…神々。神と言っても、西洋の一神教世界におけるそれと同一視してはならない。仏教においては、神もまた死すべき者であり、たとえ人より優れた高次の存在であったとしても、苦しみの内にあると見る。六道輪廻[りくどうりんね]のうち、天界に生まれた存在。神々の中には、仏教に帰依してこれを熱心に修行する者を守護する者、あるいは信仰する者がある。また同時にこれに敵対し、修道を邪魔しようとする者がある。→本文に戻る
  • 感通[かんつう]…思いが通じること。ここでは、尊者の行いが神々の信を集め、尊者に帰依したことを言うか。→本文に戻る
  • 妙応[みょうおう]…正しく仏道を修める者には不可思議なことがあるという。もっとも、あったとしてもそれを口外してはならない。まったくの無駄であるから。律蔵においても、釈尊は不可思議の行為をなし、口にすることを禁じている。慈雲尊者もまた、不可思議の業を口にすることを大変嫌ったという。空海の不思議な諸伝説すらも、後世の杜撰な創作だと非難している。
    しばしば冥想を行う者には、自らが冥想の中で体験した境地や経験を、いかにも素晴らしいものであった、あるいは恐ろしいものであったなどと吹聴してはばからない者がある。またあるいは、あろうことか「禅定を得た」「第三禅を得た」などとの言をすら放つ者がある(これが僧侶であったならば、その行為は罪)。
    しかし、これらの行為は、まったく愚かな、浅はかな者のふるまいである。冥想において経験したことは、冥想の師に問われた場合を除いて、決して他言してはならない。これに関連した事項が、律蔵においても禁止されているのである(波逸提法「実得道白衣説戒」)。
    人は見たいモノだけ見、聞きたいことだけ聞くものである。冥想の最中に、なんらかの影像を見たとしても、それは自身がそれまで経験した記憶にもとづく幻・妄想にすぎない。なんからの高揚感を憶えたとしても、それは自然なことで何ら意味はない。
    解脱に到らない限り、解脱にいたる途中のある境地を得たとしても、それを証明することなど出来ない。その人のその後の言動によって、ただ推測できるのみであるから。よって、やはり、常識的に不可思議な体験などについて、他者に一言も語るべきではないのである。また、本人もそれをことさらに考える必要もないのだ。
    また、このような輩は本当に多いが、 仏教を少し聞いて信心し、多少瞑想をかじってみて何らかの経験をし、自身の心的変化を覚えると、たちまち「私はいまどの境地にあるのだろうか?預流果?一来向?」と自分の境涯を気にし始め、あるいは「あの人は(私が尊敬しているのだから)阿羅漢に違いない」「あの人は預流果を得ているに違いない」などと噂しだす。性急に結果をもとめる現代人らしい感覚なのであろうが、誠に浅はか、である。浅ましいことこの上ない。そのようなことは知るべくも無く、知ったところで意味もない。ただ今現在に道を修めているならば、そのまま修め続ければ良い。→本文に戻る

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