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‡ 実恵 『阿字観用心口決』(解題・凡例)

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1.解題

『阿字観用心口決』とは

画像:梵字悉曇文字による阿字・無断転載厳禁 法楽寺(All rights reserved. HORAKUJI)

『阿字観用心口決』とは、真言密教に行われる阿字観という修習法を初めて世に説いた書です。

伝説では、弘法大師空海の口述を、その高弟の一人であった桧尾僧正実恵が筆記したものとされています。

しかしながら、まず文中で引用される文献に空海阿闍梨存命時に日本に請来されていないもの(『大日経義釈』)が含まれており、また文章は稚拙、内容は附会の感があって、伝承通り阿闍梨口説のものとは到底受け取りがたいものです。

けれども、この書が世に現れて以降、やがて真言宗ではこの書に注目する人が現れ、覚鑁(興教大師)を初めとした諸師により、これを敷衍展開した様々な阿字観次第が著されてきました。

中でも現在評価されている次第として、高野山正智院の道範阿闍梨が遺した『阿字観消息』があります。これは正しく次第ではなく、その題のとおり阿字観について記している手紙なのですが、当時高野山の学侶で随一といわれた人であった道範阿闍梨らしく、その内容は顕教を踏まえて密教を展開させる比較的丁寧な内容のものとなっており、体裁を整えればそのまま次第として用い得るものです。

対して覚鑁上人が著したといわれる次第は、不遜な言となりますがこの種本と同様、実用するに耐えるものではありません。

いずれにせよ、『阿字観用心口決』は、真言宗の瞑想を代表するものなどとして現在世に知られるようになった阿字観を初めて説いた書であり、阿字観を知らんとする者は須く読むべき最初の書です。

阿字観とは

画像:阿字観本尊・無断転載厳禁 法楽寺(All rights reserved. HORAKUJI)

阿字観は、図像を用いて行われる瞑想法です。

その図像には、本不生を表する阿字と、心を象徴する満月輪、心臓を象徴する蓮華が描かれます(右図参照)。

なんらか一つの図像・図形などを対象(本尊)としてこれを観念・集中することは、いわゆる止(奢摩他・サマタ)の瞑想の手法の一つです。ただし、阿字観に用いる図像に描かれたものは、それぞれ仏教の教義を象徴的に表現したもので、阿字観実修者は、事前にそれらを十分承知している必要があります。

例えば、何故に心臓を象徴する蓮華が描かれるのか。

それは、小乗諸部派が構築した教義体系、阿毘達磨において、心臓が心の座であるとされるためです。現代の大脳生理学が、心(意識)とは頭蓋骨に収まっている大脳の単なる機能に過ぎないであろう、としているのに対し、仏教では、心とは単なる脳の機能などではない、心臓に坐するものと見做しているためです。

さて、阿字観とは何かの要を言えば、梵語のअ(阿)という一字によって表わされる、サンスクリットĀdhi-anutpāda[アーディ・アヌトパーダ]を、これは本不生[ほんぷしょう]と漢訳されますが、これを全く理解することにあります。

Ādhi-anutpādaとは「本より生じたものではない」「根源を欠いている」という意味で、いわゆる空(śūnya)または無自性(asvabhāvatā)と同義語です。

画像:月輪観本尊・無断転載厳禁 法楽寺(All rights reserved. HORAKUJI)

余談ながら、阿字観に連なる瞑想に、月輪観[がちりんかん]があり、自心に見立てた月を観想し、瞑想を深めていきます。これは、金剛界(『金剛頂経』)の核心といえる、五相成身観[ごそうじょうしんかん]の基本となる瞑想です。

さて、阿字観(というよりも真言密教)では、この阿字を空・有・不生を表するものとして捉えられています。これは所謂、空・仮(仮有)・中(中道)の別の表現で、一行禅師『大日経義釈』によるものです。

もっとも、密教においては、顕教の八不などに代表される法(真理)の表現を否定的(遮情)であるとし、これを積極的・肯定的(表徳)に表現することがあります。

その場合、(行者は顕教を十分承知していることを前提として、結論に到るまでの過程を簡略化あるいは省略し)「本有」であるとか「常住」であるなどという表現を直に用いるため、一見外道の見解そのままの主張、およそ仏教とは到底思えないようなものになることすらあります。

仏教の核心、仏陀の教えの根本教説は苦集滅道の四聖諦・縁起法であって、また一切諸法の真実なる姿、すなわち不浄・苦・無常・無我であることを真に知リ抜くことが悟りです。それは顕教であろうが密教であろうが、その「表現」の否定的・肯定的の異なりはあっても、全く通じているものです。

一歩間違えれば外道・邪教

江戸初期、他宗との別異(自宗の優位性・独自性の主張)を図ろうとするがあまり、阿字観に見られるような密教思想を極端に推し進めて「釈尊の説いた縁起は虚妄」などとまで宣わった驚愕の主張をなした真言僧、浄厳覚彦[じょうごん かくげん]が現れています。

浄厳とは、もと高野山の学侶であった人です。

学侶とは、高野山には学侶方[がくりょがた]・行人方[ぎょうにんがた]・聖方[ひじりがた]という、三種の僧の立場・あり方があったのですが、そのうちの一つです。学道を専らとし、経論や修法についての学を蓄え、伝法会や論議という法会の中で、その見解を他の学侶と戦わせて切磋琢磨する学問僧を、学侶と言います。

(あるいは奈良や京都では、学生[がくしょう]という呼称が用いられてもいます。)

もっとも、元来高野山には、戒定慧の三学を行じた上で諸学問に励む、いわば学侶しか存在していませんでした。

しかし、平安後期には学侶の下に仕えて諸堂の荘厳や法会・行事の裏方など雑事を行う行人という立場が、そして鎌倉中期には日本各地を巡って勧進を募る僧というより半僧半俗の聖という立場が生じ、それが定着するようになりました。

いわば本来的な僧侶である学侶、そして学侶に仕え、高野山諸堂の維持・経営を司る行人。そして、高野山に属して弘法大師信仰を各地に広めながら勧進を行う、実際としては俗人の聖とで、それぞれの立場とその役割を超えずにありました。

しかし、時代とともに行人と聖の勢力は増して学侶に匹敵するものとなり、しばしば互いに勢力争いを起こすまでに至り、江戸期に入るとそれは決定的深刻なものともなってもいます。

閑話休題。さて、そのような高野山の学侶であった浄厳は、しかし、その優秀さからかその性格からか、ある他の学侶の深い恨みを買い、高野山塔頭寺院の一つである釈迦文院にて密教の修法中、突如として襲われ刺殺されかけます。

重傷を負った浄厳は高野山を降り、しばらく河内の実家に滞在して養生していたものの、最終的に関東に行った人です。その後、生家に建てられたのが河内延命寺で現存。

やがて、江戸初期の江戸にて真言宗の戒律復興を図った最初の人となり、またさかんに各地の人々に授戒や結縁潅頂を行って非常に多くの人を教化しています。また、将軍綱吉ならびに母公の帰依を受け、湯島に霊雲寺を建立。

彼の行業のうち、特筆すべきは、真言宗の事相(小野流)における一流派、安詳寺流を再編集し、のちに新安詳寺流(新安流と通称)と呼ばれる一流を興したことです。もっとも、浄厳自身には、新しい流派を立てたという意識は微塵もありませんでした。経典や儀軌など確かな典拠に基づいた、古きあるべき姿に「修正した」というだけというほどのものであったようです。

浄厳によって立てられた(復古された)この流は「御簾流[みすりゅう]」、たとえば御簾の中からは外をよく見通せるが外からは御簾の中をうかがい知ることは出来ないのと同様なる流派、とまで言われるほどのもので、儀軌にかなり忠実に従って編成されたものです。

浄厳は、近世の事相面で一大功のあった、現在も真言宗で大変著名で「事相家」といわれる僧職の人々から、特に人気のある人です。

しかし、高野山の学侶であったとはいうものの、教相面で顕教の理解が全くのお粗末であった、あるいは密教に関して独善的に過ぎており、彼の著作に見られる論理も見当違いの方向へ飛躍した、ある意味において「真っ直ぐに過ぎた」ものでした。

ために同時代、南都諸大寺や京都叡山などに遊学し、広く顕教を修めたうえで密教に通じた稀代の大学僧であった智積院の運敞[うんしょう]僧正からは、その思想を「外道」とまで呼ばれ激しく非難されています。

確かに、現存する彼の著作を読むと、仏教者としては、驚きを通り越して呆れてしまうようなことを書き散らしたものばかりであり、そのように非難されて当然であったと言えます。そのような彼の(とんでも)仏教理解は、彼に依って編纂された安祥寺流の聖教(次第)の中にて開陳されており、特に「字輪観」という密教の行法の中でもっとも重要な箇所にても遺憾なく発揮されています。

彼は儀軌に通じて忠実でその点高く評価すべき人ですが、顕教の理解は惨憺たるものです。結局、作法や順序などは正しくとも、導かれる仏教理解がそのようでは、彼の事相面での業績は、結局すべて台無しとなっているとさえ言えます。

浄厳は、江戸期の真言宗における「宗旨がたまり」の典型というべき人とも言えるでもありました。

そのような、浄厳のごとき外道の人になってしまわないためにも、阿字観を行ぜんとする人は、顕教の確かな理解が不可欠です。

布教手段の一つとしての阿字観 ―世間の流行に乗って

繰り返しますが、密教は顕教の理解なしに触れて良いようなものではなく、顕教の前提なくしては到底理解しえないものです。

しかしながら、真言門徒の中には、先に触れた浄厳と同じように、ただちに「真言宗では云々、密教では云々」と、前提としての顕教を踏まえず理解せず、にも関わらず密教の顕教に比しての優位性・独自性を述べようとして、その言動がそのまま(違う意味でも)外道になっている者が少なからず見られます。

『阿字観用心口決』は、冒頭述べたように、まずそもそも弘法大師所説のものとは思われないものです。また、万一大師所説のものであっても、それはあくまで口訣を記したものであって実に短い、故にその内容について十分に論じられていない書であるがために、一歩取り違えればただちに常見に出してしまう危険の大なるものです。

この『阿字観用心口決』という書の中自体においてかく説いているため、このように云うのは甚だ矛盾となりますが、一部の人が巷間盛んに宣伝する「初心の者でも容易に修し得、達しやすい」などと言えるようなものでは、到底ありません。本書にそう書いているとはいえ、このような言は自ら達してこそ放ち得るものでしょう。

これは自ら行なってみれば、そのような言が文字通りのものでないことをおのずから知るでしょう。

現在、真言宗の各派には、この阿字観を、在家の人々に公開し実習させているところが少なからずあります。これはここ20年から30年、世間において一部に瞑想ブームと言えるものを迎えていることに対して始まったものです。

真言宗としても瑜伽宗などとも言われるその教義上、オウムのように「南無大師遍照金剛」と繰り返すだけの(到底仏教とは思えない)大師信仰に寄りかかっていては不十分かつ時代に不適合であり、禅宗がそうして一定の成功を収めているように、やはり密教らしく独自の瞑想を用いた布教をするべきではないか、などという程度の、そして今更とすら言うべき動機によるものです。

そもそも、実は、これは全く呆れた話と言えるのですが、不十分であるどころか、真言宗として人に「南無大師遍照金剛」などと繰り返させ弘法大師を信仰させる、各地方における風習や伝承など民間信仰などとしてはともかくも、真言宗・密教としての教義面・教学面での根拠は「全く」ありません。

勢いその内容・実際は、忌憚なく評すれば、出鱈目に過ぎたものとなっています。

あるいは独自性をさらに強めようとして、阿息観だの、阿字観体操だのと、奇妙奇天烈なものを考案して実行させるもの。実修中、「宇宙が云々」「大生命が脈々と云々」などと、実に抽象的で滑稽な誘導の言葉を並べ挟んでみたり、ひどいところになると、アンビエント音楽や指導者の愛好曲を終始流してみたりなどと、ただの「住職の娯楽」と呼ぶべきものすら通り越し、もはや何かの冗談とすら言えるようなものの類になっている所すらあります。

これらの事から推して知られるでしょうが、そもそもその指導に当たっている本人(真言僧)が、実はまるで瞑想について素人。指導歴は長いが、瞑想に関する経論の知識はほとんど絶無であって、自身の瞑想歴はごく短い、ということも決して珍しくありません。せいぜい阿字観について概説書の類を二、三冊を読んだことがある程度、そして宗団の開講するなおざりな講義を一、二度受けた程度ということがほとんどです。

経論の所説に通じていればいるほど良い、その経験が長ければ長いほど良い、などということは決してありません。ですが、全体としてはその内容がまったくお粗末極まりないものとなっているのは、否定しがたい事実です。

他がやっているから己もやらなければならない、兎にも角にもなんでもやってみればいい、と言うものではありません。

瞑想を修める格好を取り繕うのは多くの人に出来てしまうことでしょう。しかし、ではその結果はどうか、と聞かれても「よくわかりませんが、気持ちが良かったです」程度のもの、「(なんとなく)宇宙を感じました」「あぁ、これはいいですねぇ。これはそう、癒しですね?」では、人をして誤解させる可能性の大なるものと言える、阿字観を行う必要など全くありません。

これは何も瞑想に限らず、世のほとんどのことに該当することでしょう。段階を踏んで基本から徐々に、そして確実に修めていくことが不可欠です。いずれ、その自らの器が値するものであり、縁あり機が満ちたならば、密教を本格的に修めれば良いでしょう。

真言宗徒である、密教徒であるからといって、必ずしも阿字観を修する必要などなく、様々な経論にあたって仏教の理解を進めつつ、五停心観などから漸漸として瞑想を進めていけば良いでしょう。

仏教は、人それぞれの立場・能力に応じて様々に説かれたものであり、修行法は唯一ではありません。

仏陀という偉大な王が遺し、僧伽という相続者が引き継ぎ守り磨いてきた、その全てが価値ある宝です。密教も、その数ある宝のうちの一つで、また確かに優れて尊いものです。しかし、いま密教でなければ必ず駄目なのだ、ということなど全くありません。

小苾蒭 覺應 敬識
horakuji@live.jp

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2.凡例

本文

このサイトで紹介している『阿字観用心口決』は、雷密雲編纂『阿字観秘決集』(香川県綾歌郡坂出町定光院発行/明治四十五年五月三十一日)所載のものを底本とした。底本には、編者によって多くの異本との異同など冠註が付されているが、ここではそれらに一切触れなかった。

なお、現在容易に被欄し得るものに大正新脩大蔵経所載のもの(大正77, P415上段)があるが、本稿にて底本としたものとは多少の異同が見られる。

原文は漢文であるが、読解に資するよう、さらに訓読文・現代語訳を併記し、対訳とした。底本には本文中の数カ所、阿字など梵字悉曇による表記があるが、Web上では画像ファイルを使用しない限り再現不可能である。そこで、ここでは画像ファイルを使用する代わりに、たとえば悉曇の「阿」字の場合は、現在インド一般にて用いられているDevanāgalī[デーヴァナーガリー]のa、すなわち「  」をあてて代用している(本来の梵字悉曇による阿字は、上の解題冒頭に付した画像ファイル参照のこと)。

しかし、その他の語に関しては、デーヴァナーガリー文字による再現・代用も不可のため、その慣用読みを括弧内にカタカナで閉じ、それが本来梵字で表記されていることを示している。

文中数カ所に見られる割り注などは、下付文字表記とし、それが割り注であることを示している。

訓読は底本に付されている返り点に従った。訓読文においては、旧漢字は現行のものに適宜改めている。また、難読と思われる漢字あるいは単語には、ルビを[ ]に閉じて付している。

現代語訳は、基本的に逐語的に訳している。しかし、読解を容易にするため、原文にない語句を挿入した場合が多々ある。それら語句は( )に閉じ、挿入語句であることを示している。しかし、挿入した語句に訳者個人の意図が過剰に働き、読者が原意を外れて読む可能性がある。注意されたい。

語注

語注は、とくに説明が必要であると考えられる仏教用語などに適宜付した。

本文に経論からの引用がされている箇所は、判明した範囲でその典拠を示した。それらは『大正新修大蔵経』による。例えば引用箇所が『大正新修大蔵経』2巻177項上段であった場合、(大正2,P177上段)と表示している。

原意を外れた錯誤、知識不足の為の誤解を含む点など多々あると思われる。願わくは識者の指摘を請う。

小苾蒭 覺應 敬識
(horakuji@live.jp)

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