真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

現在の位置

五色線

ここからメインの本文です。

‡ 禅とは何か ―禅定について

止観とは何か |  止観双運 |  念とは何か |  禅とは何か |  五停心観 |  四念住
不浄観 |  四無量心観 |  安般念(数息観) |  十六特勝 |  三十七菩提分法

← 前の項を見る・次の項を見る →

・ トップページに戻る

1.禅とは

Dhyāna

画像:禪

禅とは何か。ここでは、少しばかりながら詳しくその義を明らかにしています。

詳しく、ということによってやや複雑で難しく感ぜられる点もあるかもしれませんが、これによって人の、禅とは何かの理解がより明瞭となることを期しています。

(もっとも愚衲の全くの無知無能により、多く錯誤、愚かな誤解にもとづく記述があるかもしれません。)

しかしながら、今世間一般で禅と聞いてただちに連想されるであろう、支那発祥にして日本に今にまで伝えられる「禅宗における禅」、あるいはあまりに多数の人々が自己流に敷衍して意味不明となっている感のあるいわば「大衆禅」を明らかにしたものでもありません。あくまで経論における禅という言葉の意義、特に声聞乗(小乗)における禅の定義や位置づけについてを紹介しています。

しかし、そうすることによってむしろ、禅宗がいうところの禅についてまた異なった見方、(日本的に)その意味を抽象化しすぎてある部分において唯の言葉遊び、有閑文化人の知的遊戯・単なる教養に過ぎなくなっているとすら言えるそれを、再評価することが可能かもしれません。

たとえば巷には「小乗の禅と大乗の禅とは違うのだ」などと言い、「小乗の禅は教条的で窮屈なものであるが大乗は違う」などといったことを言う人があります。

ところがしかし、ではどのように違い、あるいはいかに共通しているかを確かに言い得る人は、禅家にすらあまりないようです。そのようでは、そもそも本当にそれが「違う」のか、また違うとすればその「違い」がいかなる益もしくは不利益を人にもたらすかなど、到底知ることも知らしめることも出来はしないでしょう。

言葉の上だけ、大だの小だのを言ったところで意味などありません。

さて、そもそも禅とは、サンスクリットdhyāna[ディヤーナ]あるいはパーリ語jhāna[ジャーナ]の音写語として用いられた禅那[ぜんな]の略です。これは、「考える」などを意味する√dhyaiからの派生語で「沈思」から「思想」、そして仏教においては「瞑想によって獲得された心の特定の状態」を意味する言葉です。

漢訳では、これに思惟修[しゆいしゅ]あるいは静慮[じょうりょ]などの語が当てられています。

ちなみに、禅という漢字そのもののは、「天子が位を譲ること」あるいは「天子が神を祀ること」を意味するものです。禅那・禅定などという場合の禅という文字は、音写の為に使用されただけであって、これら漢字の原意とはまったく関係がありません。

仏教が説く禅 ―解脱に至る道すじ―

仏教の諸経典が伝えるところによれば、禅という言葉・境地は、その言葉の意味内容・定義については一応置くとして、なにも仏教が始めて説きだしたもの、仏教独自のものではありません。

四つの禅という境地を含めた八つの高い瞑想の境地が、仏教以前から婆羅門教(ヴェーダを聖典とする、バラモンという階級を頂点とするインド古来の宗教。インド正統派思想、ヒンドゥー教の元)において、あるいは仏陀ご在世当時の諸々の沙門(インド非正統派思想の修行者・自由思想家)の中で説かれ、修められ、得られていたといいます。

実際、例えばバラモン教の釈尊以前に既に説かれていたという“Chāndogya Upaniṣad[チャーンドーギャ・ウパニシャッド]”においては、dyānaすなわち禅・静慮(という言葉)が用いられ称讃されています。また、釈尊と同時代の沙門でジャイナ教を興したVardhamāna[ヴァルダマーナ](Mahāvīra[マハーヴィーラ])も、その聖典の中で禅を修めるべきことを説いています。

ただし、仏教以前、また仏教以外にも禅ということを説いていたからといって、その意味内容が同じであるということはありません。むしろ仏教こそがこれについての考察を深化させ、発展させ体系化したようです。

仏陀釈尊とほとんど同時代に起こったジャイナ教もまた、禅という境地を分類・体系化していますが仏教との類似点はあまり見出されません。

また後代、仏教の影響を多分に受けて成立したのが、近年に六派哲学と総称されるようになったインド正統思想の一つ、ヨーガ派です。現代世間で流行・定着するヨーガは、このヨーガ派の流れのものです。

そのことから、いま流行りのヨーガというものの淵源は、仏教にあると言えるものです。

仏教では、禅という境地に四つの段階があることを説き、さらにその四禅とは別に四無色界定と言われる四つの境地があるとして、これを四禅八定あるいは八等至などと総称します。

たとえば釈尊はある経典のなかにおいて、出家される以前、インドの一小国の太子であったころのことを回想され、田畑に遊ばれて樹下にて瞑想されたおり初禅を得ていたと述懐されています(『中阿含経』卷廿九「柔軟経」第一)。この経に対応するパーリ経典では、その時いまだ幼い太子の身であった釈尊は、この禅なる境地において「これこそ解脱に至る道であろう」と考えられたと伝えられます。

また、太子の地位を捨て出家されて直後には、当時高名であったという二人の沙門(アーラーラ・カーラマとウッダカ・ラーマプッタ)の膝下に入られています。まず釈尊は、アーラーラ・カーラマの下について、彼が最高の境地とするものを獲得するべく瞑想を修め、実際に獲得。

しかし、これに満足されることはなく、彼の元を離れてウッダカ・ラーマプッタに師事。彼がアーラーラ・カーラマよりさらに高い境地でありそれこそ最高の境地であるとするものをも獲得。

しかしながら、釈尊は結局、たとえそれが俗界に比して全く安楽で勝れたものだとはいえ、これらの境地を得たとしてもそれは一時的なものに過ぎないものだと考えられたといいます。この時釈尊が獲得された境地は、四無色界定のうち上二位に位置づけられる無所有処定(一説には無色界定の第一となる空無辺処定であったとも)ならびに非想非非想処定と言われます。

故に「人生の苦しみを如何にすべきか」という大問題、生死一大事の根本的解決にはならないとして、それらの説く教えを最高のものだとみなさず、それらの境地に安住すること、瞑想によって悟りを目指すことを放棄し、六年間に及ぶ肉体を極限まで苛む苦行生活へと入るに至ったと伝えられます。

ところが、六年間に及ぶ(現代的感覚からするとそれによって精神に異常をきたしても全く不思議でない、いや、異常でなければ到底成し得ないと思えるほど尋常ならざる)数々の肉体的苦行を通しても、欲望が抑えられ澄み切った心が得られたとは言え、しかし、ついに円満なる悟りを獲るには至りませんでした。

ただ苦行することによっても悟りを至ることが出来なかったのです。

これに気づいて極端な苦行に依る解脱を放棄した釈尊は、ここで自ら王子として野に遊んだかつての頃、木陰で瞑想して初禅に達したおりに「これが解脱への道であろう」と考えたことを思い出し、再び瞑想し、禅という境地において解脱を果たさんとします。

そして、悟りを獲るまでは決してこの座を立つまいとの決死の覚悟をもって、菩提樹と後代言われるようになる大木のもと、結跏趺坐します。インド・ビハール州のブッダガヤーと現在言われる土地においてのことです。

さて、しかしてついに、釈尊はかつて少年の頃に感じたとおり禅という境地において、別いてもそのうち最も高い第四禅において、一切の無常なること、非我なること、それが故に苦であることを完全に悟り、苦の滅尽に至って正等覚者、仏陀となられたと諸々の経典は伝えています。

そして、万有を成立させているところの縁起法(「相依って生ぜしめる働き」などと近年翻訳される言葉)を観察し、これについての考察を深め、さらに禅を修習してその楽しみに浴されたとされています。

(ここで無我でなく非我としているのは、この項において主に用いている『倶舎論』など玄奘三蔵の訳語に従ったもので、最近一部で言われている「非我説」を支持したものではありません。)

『長阿含経』所収の「梵網経」という経典には、釈尊成道ののち、世間には仏陀の教え以外の思想を修める者たち婆羅門・沙門それぞれが、四禅あるいは四無色界定のいずれかに至ってそれを至上最高のものであると誤解していたと説いています。

しかし、これは彼ら自身が、仏教の言う四禅や四無色界定という言葉・概念を用いてそれぞれの境地を説いていたというのではなく、仏教の立場からして、彼らがそのいずれかの境涯に至っていたと見做して説いているものと見たほうが良いでしょう。

成道以降およそ45年間というたゆまぬ伝道の日々が終りを迎え、沙羅双樹間において亡くなられる際すなわち般涅槃される際にも、仏陀釈尊は初禅から次第して滅尽定に入り、またしばらくして初禅にまで戻り、再び次第して四禅に入られてから般涅槃された、と諸々の経典に等しく伝えられています。

(仏陀の最後の教えについては、“仏遺教経”あるいは“Ovāda(教誡)”を参照のこと。)

諸々の経典が伝えるところによれば、そしてまた諸々の仏教の修道法などにおいても、特に禅という境地、別いても第四禅という境地が、非常に重要な境地であると見做されてきたことが知られます。

(もっとも、伝統の枠にない、あるいは伝統を恣意的に軽視する現代の人々の中には、これを矮小化あるいは無価値なものとして見做す者がまま見られるようです。)

境地としての禅と境涯としての禅、仏教の禅と外道の禅

経説ならびに阿毘達磨説における四禅には、瞑想の境地としての禅と転生する場・境涯としての禅との二種類のものが説かれています。これを、阿毘達磨の言葉をもって言えば、前者を定静慮[じょうじょうりょ]、後者を生静慮[しょうじょうりょ]などと言います。

生静慮については、仏教の世界観に関することとなり、それだけ説明するだけでも長大な項を費やすこととなりますが、ここではそれは全く必要なことではないので簡単な説明に留めます。要するに、瞑想によって得うる禅という四つの境地(定静慮)と、その境地に達した者・その境地において死を迎えたものが生まれ変わる先の境涯(生静慮)です。

このような観点から、定静慮は因定、生静慮は果定と言われます。

生を享ける場・境涯としての禅すなわち生静慮には、四禅天と言って定静慮の四禅に対応する四つの別があります。またこれに、具さには初禅天から三禅天にそれぞれ三つ、四禅天には七つあるいは八つの、都合十六もしくは十七の神々の世界があると説かれます。これらはすべて、三界のうち色界に属するものとされます。

三界とは、巷間言われる「女、三界に家なし」の三界ですが、世界をその内容から欲界・色界・無色界の三つに分類したものです。欲界とは、物質と欲望との世界で、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人と下位の神々(六欲天)の世界が属するとされます。色界は、欲望を離れるもいまだ物質という束縛にある、神々の世界。無色界は、物質の束縛からも離れた、純粋に精神的なもののみで構成される、最上位の神々の世界です。

ところでまた、すでに述べたように禅はなにも仏教においてのみ説かれる瞑想の境地ではなかったものです。そのようなこともあり、仏教では、特に仏教が説く禅と外道の禅、あるいは正しい禅に対して不正なる禅も説かれます。

これを特に、悪静慮・染静慮・邪禅などと言います。

禅に類する言葉

さて、また仏教においては、禅(dhyāna)に類する言葉として多くのものが仏典にて用いられています。それは何かといえば、等引(samāhita = 三摩泗多)・等持(samādhi = 三昧・三摩地)・等至(samāpatti = 三摩鉢地)・心一境性(cittaikāgratā)・止(śamatha = 奢摩他)・現法楽住(dṛṣṭadharmasukha-vihāra)などです。

しかし、いま挙げた諸々の言葉は漢語仏教圏においては、定[じょう]という言葉で一括して表現されることがよくあります。もっとも、厳密に言えば、定という言葉自体は、たとえば玄奘三蔵がsamāpattiの訳語として、等至と共にしばしば用いているものです。

一般的に定とは、先に挙げた禅・三昧・止などと同義語として用いられています。このようなことから、しばしば禅定という言葉も用いられます。この場合の定とは、dhyānaの訳語として一応見做してよいものです。

しかしながら、仏教とくに阿毘達磨において、禅は、それらの言葉とはほとんど同内容を示すものとされながらも、一線を画する地位を与えられています。

では、いかに一線を画しているのか。それは部派の定義を見ることによって知ることが出来るでしょう。

← 前の項を見る・次の項を見る →

・  目次へ戻る

・ “仏教の瞑想”へ戻る

2.禅の定義

阿含に説かれる禅

禅という境地がいかなるものかを明かしている経典は枚挙に暇がありません。

これから声聞乗(小乗)の諸部派の阿毘達磨における禅とは何かを紹介する前にまず、禅について触れている阿含経から、今は一応ただ二経の該当部分のみ以下に挙げておきます。

復有四法。謂四禪。於是。比丘除欲惡不善法。有覺有觀。離生喜樂。入於初禪。滅有覺觀。內信一心。無覺無觀。定生喜樂。入第二禪。離喜修捨念進。自知身樂。諸聖所求。憶念捨樂。入第三禪。離苦樂行。先滅憂喜。不苦不樂捨念清淨。入第四禪。

また四法があって四禅という。比丘が欲・悪・不善の法を除き、覚(=尋・vitakka)あり観(=伺・vicāra)あり、離より生じる喜びと安楽ある初禅に入る。内に信仰ある心統一であって、覚・観が止み、定より生じる喜びと安楽ある第二禅に入る。喜びを離れて捨を修し、念が強くなって、自ら身の安楽を知り、諸々の聖者が求める憶念・捨・楽ある第三禅に入る。苦楽の行を離れて先の憂喜を滅し、不苦不楽・捨・念清浄ある第四禅に入る。

『長阿含経』卷六 「衆集経」第五 (T1, P50c)
[現代語訳:沙門覺應]

説一切有部における禅定の定義

まず、声聞乗のうち北から中インドで主流であったものの一部派、説一切有部(有部と略称)における禅定の定義を、その阿毘達磨蔵の典籍を通じて示します。

有部の見解は、大乗、特に漢語仏教圏ならびにチベット仏教圏においても、概ねその教義の基礎となる、非常に重要なものです。故に、ここでただその禅支を表にして示すだけではなく、その典拠のうち重要なものを若干ながらも引きつつ、これを示していきます。

(部派については、“戒律講説”の“部派仏教について”の各項を参照のこと。)

説一切有部の阿毘達磨典籍の一つ、 尊者迦多衍尼子[かたえんにし](Kātyāyanīputra)によって編まれたという『発智論[ほっちろん]』の注釈書『大毘婆沙論[だいびばしゃろん]』(以下『婆沙論』)に、禅定とは何かの定義とその内容の詳細が説かれています。『婆沙論』は、玄奘三蔵らによる漢訳三本のみ現存しており、梵本は伝わっていません。

しかもそれぞれの漢訳本は、同一原本からの抄訳や異訳などではなくて、それを伝持した有部の地方など、例えばカシミールとガンダーラあるいは中インドとなど、系統が若干異なった原本からのものであったようです。

ただ有部における禅とは何かの概要を挙げ連ねるだけならば、世親菩薩『倶舎論』の所説、いやむしろ衆賢『順正理論』を紹介するのが手っ取り早い、というより適切です。しかし、やはりその根拠となっている『婆沙論』の所説は、細かくこれを解き明かしているので少々長くはなりますが説明は懇切です。

その故に、ここではあえて主として『婆沙論』の説を示しています。

しかしまた、『倶舎論』が有部の正統思想を説いたものとは言えなくとも、しかし特に大乗でその所説を重んじてきたことから『倶舎論』も併せて処々に引いています。

その中でも今、ここで開き見る玄奘三蔵による訳本は全二百巻という、漢訳仏典中最大の分量を誇るものです。よくも玄奘三蔵はこれだけのものを訳されたとただただ敬服するばかりですが、その内容も当時の諸師の見解や有部の伝承などを今に伝える、大変重要なものです。

まず有部における禅定の、玄奘三蔵はdhyānaについて禅那という音写語を不適当として静慮との訳語を用いているのですが、定義をしている箇所を以下に示します。

能正觀亦能斷結名為靜慮。欲界三摩地雖有能正觀。而不能斷結。故不名靜慮。復次若能正觀堅固難壞相續久住。於所緣境長時注意而不捨者名為靜慮。欲界三摩地無如是德故非靜慮。・・・(中略)・・・復次若能遍觀遍斷結者名為靜慮。欲界三摩地雖能遍觀而不能遍斷結。諸無色定二義俱無故非靜慮。復次若能靜息一切煩惱。及能思慮一切所緣名為靜慮。欲界三摩地雖能思慮一切所緣。不能靜息一切煩惱。諸無色定兩義都無故非靜慮。復次諸無色定有靜無慮。欲界三摩地有慮無靜。色定俱有故名靜慮。靜謂等引。慮謂遍觀。故名靜慮

正観し、また煩悩を断じることを、静慮と名づける。欲界の三摩地は正観し得るけれども、しかし煩悩を断じることは出来ない。故に(欲界の三摩地を)静慮と名づけないのである。また次に、もし正観が堅固難壊であって久しくその境地に留まり、所縁の対象において長時間注意して(所縁を)捨てることがないことを、静慮と名づける。欲界の三摩地には、このような徳が無いことによって、静慮ではない。・・・(中略)・・・また次に、もし遍観し、遍く断結すればこれを静慮と名づける。欲界の三摩地は遍観し得るといっても遍く断結することは出来ない。諸々の無色定は(遍観・遍断結の)二義ともに無いために静慮ではない。また次に、もし静が一切の煩悩を息み得、及び一切の(意識の)対象を思慮し得るならば、これを静慮と名づける。欲界の三摩地は一切の(意識の)対象を思慮し得たとしても、一切の煩悩を断ずることは出来ない。諸々の無色定は(遍観・遍断結の)両義がすべて無いために、静慮ではないのである。また次に、諸々の無色定は静有って慮無し。欲界の三摩地は慮有って静無し。色定には(静と慮とが)倶にあるため静慮と名づけるのである。静を等引といい、慮を遍観というが、これによって静慮と名づけるのである。

『大毘婆沙論』卷八十 (T27, P411c-P412a)
[現代語訳:沙門覺應]

『婆沙論』のこの箇所では、世友尊者などによる静慮についての諸説が挙げられているのですが、さらに冗長になることを恐れて今は尊者の説ではなく、他師の説を上に挙げています。

いずれにせよ、『婆沙論』において静慮とは「正観と断結」であると定義されています。

これによって、欲界の三摩地は正観しえるけれども動揺散乱が多く煩悩・不善を断じえないために、そして慮はあっても静がない為に静慮ではなく、また無色定には静があっても慮が無いことから、静慮とは言わないとしています。

上に示した『婆沙論』の所説を要略し、端的に説いたと言える一説が世親菩薩『倶舎論』にあります。そこで以下さらに、何故に静慮(禅)と言うのかとの『倶舎論』の所説を引きます。

依何義故立靜慮名。由此寂靜能審慮故。審慮即是實了知義。如說心在定能如實了知。・・・(中略)・・・靜慮如何獨名為勝。諸等持內唯此攝支。止觀均行最能審慮。得現法樂住及樂通行名。故此等持獨名靜慮

どのような意義によって静慮(dhyāna)というのであろうか?それは寂静にして審慮することによる。審慮とは「実に了知する」との義である。(契経に)「心が定にあるとき、実の如く了知する」と説かれているとおりである。・・・(中略)・・・何故に唯だ静慮をのみ勝れたものというのであろうか?諸々の等持のうち、唯だ静慮のみが(十八の)禅支を含み、止観均行であって最もよく審慮し、現法楽住および楽通行との名付けられるためである。このようなことから、唯だこの等持をのみ静慮というのである。

世親菩薩『阿毘達磨倶舎論』卷廿八 分別定品 (T29, P145b)
[現代語訳:沙門覺應]

さて、ここでひとまず、いま述べた言葉の一々が何かを確認しておきます。

まず正観とは何かについて、『婆沙論』は「観生為生可名正観。観滅為生應是邪観。如観滅為滅亦應観生為滅。観滅為滅可名正観。観生為滅應是邪観」と言い、要するに正しく(謬らずに)法の生滅を観ることです。

(これに関する議論が『婆沙論』では展開しているのですが、ここでは直接関係ないので割愛。)

次に三摩地とは、サンスクリットsamādhi[サマーディ]の音写語で、説一切有部の一切法を分別したいわゆる五位七十五法のうち、大地法の一つに挙げられる心所です。漢訳では定[じょう]などと訳されます。また三摩地とは何かについて、『倶舎論』に極めて簡潔にこれを示した一説があるのでまたこれを引くと、「三摩地謂心一境性」また「何名一境性。謂專一所縁」とあります。

すなわち三摩地とは心一境性(cittaikāgratā)であり、それは一つの対象に意識を専注するものを意味します。

(もっとも、『倶舎論』における世親菩薩のこの一境性についての説明について、衆賢は『順正理論』において「非理」とする。)

また、等引[とういん]とは、サンスクリットsamāhita[サマーヒタ]の訳語で、平安なる心の状態をもたらす作用を意味します。これら三摩地・心一境性・等引などの言葉は、その意味内容の広狭の差こそあるものの、同一のことを意味するものです。

なお、大地法とは、『倶舎論』にて「受想思觸欲 慧念與作意 勝解三摩地 遍於一切心」という一偈でその内容が表されていますが、すべての心に遍じて相応する、すなわち伴って生じる、十の心所[しんじょ](心の働き)です。

ちなみに、この有部のいう大地法とは、分別説部の阿毘達磨で言うところのsabbacittasadhārana(共一切心心所)に同するものですが、分別説部はこれに七のみを挙げ、またその内容も若干異なっています。このような阿毘達磨における法(モノと心、そしてその働き)の分別は、小乗の部派それぞれにおいて異なっていたようで、今その全てに触れ得る有部と分別説部の説もやはり異なっています。また、大乗における阿毘達磨もこれらとやはり異なっています。

さて、『婆沙論』によれば、すなわち一切有部によれば、静慮とはあくまで四禅についてのみ言い得る言葉です。仏教では一般に、色界と無色界の定を併せて四禅八定、あるいはこれに滅尽定(金剛喩定)を加えて九次第定などと言われます。

ここで、それがたとえ色界の三摩地よりも高い瞑想の境地と位置づけられていたとしても、無色界定あるいは滅尽定などに「禅」という言葉が用いられていないのは、このような理由によるものであることが知られるでしょう。

四無色界における定は、四禅よりもいわばより澄んだ心の状態であったとしても、心に(優れた)心所すなわち働きが起こっていないことにより、優れたものであると見做されません。有部において静慮いわゆる禅とは、止と観とが拮抗した心の状態、『倶舎論』における玄奘三蔵の訳語をもって言えば、止観均行なる勝れた心の状態を示すものです。

ではしかし、具体的に静慮とはいかなる心的状態であるのか。以下、続いてそれを説き明かしている一説を引きます。

四靜慮支總有十八。謂初靜慮有五支。一尋二伺三喜四樂五心一境性。第二靜慮有四支。一內等淨二喜三樂四心一境性。第三靜慮有五支。一行捨二正念三正慧四受樂五心一境性。第四靜慮有四支。一不苦不樂受二行捨清淨三念清淨四心一境性。問四靜慮支名有十八實體有幾。答唯有十一。謂初靜慮支名與實體俱有五種。第二靜慮支雖有四。而三如前增內等淨。第三靜慮支雖有五。而第五如前但增前四。第四靜慮支雖有四。而後三如前但增第一。故靜慮支名有十八實體十一。問四靜慮支名有十八實體有幾。答唯有十一。謂初靜慮支名與實體俱有五種。第二靜慮支雖有四。而三如前增內等淨。第三靜慮支雖有五。而第五如前但增前四。第四靜慮支雖有四。而後三如前但增第一。故靜慮支名有十八實體十一。復有說者。實體唯十。謂三靜慮樂合為一。評曰。彼不應作是說。初二靜慮是輕安樂。第三靜慮別是受樂。初二靜慮樂行蘊攝。第三靜慮樂受蘊攝。故前所說於理為善。・・・問此中何者是靜慮。何者是靜慮支。答心一境性是靜慮。以三摩地為自性故。此及所餘是靜慮支。

四静慮には総じて十八支ある。初静慮には、①尋・②伺・③喜・④楽・⑤心一境性の五支がある。第二静慮には、①内等浄・②喜・③楽・④心一境性の四支、第三静慮には、①行捨・②正念・③正慧・④受楽・⑤心一境性の五支。第四静慮には、①不苦不楽受・②行捨清浄・③念清浄・④心一境性の四支ある。
【問】四静慮支に十八あるというが、実体は幾つであろうか。
【答】ただ十一だけである。初静慮支には名実ともに五種ある。第二静慮支には四つあるとはするが、しかし(その内の尋と伺を除いた)三つは先に同じで、これに内等浄が増えただけである。第三静慮支は五あるとするものの、しかし第五(心一境性)は先に同じで、これに前の四種が加わるのである。第四静慮支は四つあるとするが、しかし後の三つ(捨・念・心一境性)は先に同じで、これに第一(不苦不楽受)が加わったのみである。このようなことから、静慮支には十八あるといっても実には十一があるばかりである。しかしまた、実体について(初静慮と第二静慮の楽と第三静慮の楽との)三つの楽を合して一つと考え、十支のみあると説く者がある。この説について、彼はこのような説をなすべきではない。初・二靜慮は軽安の楽であり、第三靜慮は別で受楽である。初・二靜慮の楽は行蘊に摂されるものであり、第三靜慮の楽は受蘊に摂される。故に、先に挙げたところの説こそ理に適ったものである。(中略)
【問】これらの中で何をもって静慮(の本質)とし、何をもって静慮支と言うのであろうか。
【答】心一境性が静慮(の本質)である。三摩地を自性とするが故に。これ及びその他のものが静慮支である。

『大毘婆沙論』卷八十 (T27, P412a-b)
[日本語訳:沙門覺應]

このように、四静慮(四禅)には、初禅から次第して五支・四支・五支・四支と、のべ十八支があり、しかし実には十一支があるばかりであると説一切有部では言います。

また、先に『倶舎論』の一説を引用しましたが、禅・静慮の本質は心一境性であり、それは三摩地であるというのは、このような所説が元となっているものです。

しかし、心一境性(三摩地)という心所を有する心がすべて、ただちに禅なる境地にあるということはありません。禅の本質は心一境性であっても、『婆沙論』にて示されているように、その他の禅支が生起していなければ禅ではなく、だたの三摩地・定に過ぎません。

ここで、上に示された有部における禅支がいかなるものかわかりやすくするために、ひとまず以下に表にして示します。

説一切有部における禅支(四禅説)
- 行蘊 受蘊 内等浄 心一
境性
不苦
不楽
初禅
(五支)
- - - - - -
二禅
(四支)
- - - - - - -
三禅
(五支)
- - - - - -
四禅
(四支)
- - - - - - -

以上の表によって明瞭となるでしょうが、まず四禅すべてに通じる心所が心一境性で、その故にこれが禅の体とされます。

なお補足ですが、上に引いた『婆沙論』の一説では、第四禅の捨と念にのみ、特に清浄との言葉が付加されていることに気づくでしょう。これは何故かといえば、心所としては他の支と同一ですが、四禅に至れば八擾乱[はちじょうらん]がないことによって、特に名付けられたものとされています。その八つとは、苦・楽・憂・喜・入息・出息・尋・伺です。

すなわち、第四禅に至った瑜伽行者には捨以外の受・呼吸・思考がなくなるものとされます。このように、四禅に至ると出入息が無くなるというのは、『雑阿含経』(T2, P121b)などの経典の所説を受けたものです。

また、有部の見解に従えば、第三禅以上に至った瑜伽行者には、眼識・耳識・鼻識・舌識・身識の前五識が起こらず、外界の現象をまったく覚知しなくなります。その故に、第三禅以上に至った瑜伽行者が瞑想中、その周辺で起こった出来事、音声などについて覚知していなかったり、他者が第四禅以上に入った者をして「死んでいる」と誤解する事態が起こっていたりしたことが、仏典などにしばしば記載されています。

また極端な事案となると、第四禅に入った者をして完全に死んているものとして火葬するにまで至ったなどという伝承もあります。

修禅中の者がどのような状態にあるかを語ったものとして、例えば釈尊が落雷の音に気付かれなかったという話が『涅槃経』などに伝えられており、これは比較的よく知られるところでしょう。

また同経では、釈尊がご入滅される直前に四禅八定から次第して滅想受定に入られたのを、(未だ阿羅漢になっておらず正確にどのようなことか把握しきれなかった)阿難尊者は、「釈尊は般涅槃された(亡くなった)」と誤解してもいます。

卑近なところで日本では、慈雲尊者が修禅中、同じく落雷の音にまったく気づかれなかったことを、その伝記『正法律興復大和上光尊者伝』に伝えています。禅(以上の境地)を得るということは、それほどのことだとされます。

もっとも、ただ禅に入ったならばたちまち音声という外界の刺激が遮断されるというわけではありません。

入初禪者以聲為刺

初禅に入る者には声を以て刺と為す。

『中阿含経』長壽王品「無刺経」 (T1, P561a)

パーリ仏典にも同一の一節が伝えられています。

saddakaṇṭakā hi, bhikkhave, jhānā vuttā mayā....paṭhamassa jhānassa saddo kaṇṭako.

比丘たちよ、禅那は音声を刺とすると、私は説く。・・・初禅にとって音声は刺である。

AN, Dasakanipāta
[日本語訳:沙門覺應]

以上のように、初禅に入ったといっても行者にはいまだ音が聞こえ、それは初禅という境地に入った者には、身につきささる刺[とげ]の如くに障害となるものとされています。

さて、有部ではこれら四禅、これを総じて根本禅(根本静慮)と言うのですが、すべての根本禅を得る直前の段階として近分定[ごんぶんじょう]という三摩地がそれぞれあるとされます。それは根本禅だけではなく、また四無色定のそれぞれを得る前にもあるとされるので、合計八つの近分定があります。

また、これも重要な点なのですが、初禅と二禅の間にだけ、中間定[ちゅうげんじょう]というものがあるとされます。これは何かといえば、諸経典には四禅のみが説かれて五禅を説く経説など(管見では)ないのですが、しかし一方、三摩地に有尋有伺の三摩地と無尋有伺の三摩地とがあることを説く経典があります。ところが、経説では、有尋有伺の禅は初禅であるとされ、第二禅には尋・伺が無いとされています。

このようなことから、無尋有伺の三摩地を特に初禅と第二禅の間にあるもの、そして静慮と言う条件を満たしたものではないことによって静慮ではなく、中間「定」としているものです。

なお、中間定には、伺・捨・心一境性の三支のみがあるとされ、観のみが勝れた心の状態であると言われます。

ところで、今ここに挙げ連ねたその他の禅支はそれぞれ一体何を意味するものなのか、どのような心の働きであるのか、経説はもちろんのこと阿毘達磨(少なくとも心・心所法について)を学習しておかなければ、確かに理解することが不可能であろうものが含まれています。

実際、ほとんどの人には何のことであるかさっぱりわからないことでしょう。そこではまたここで、一般には解しかねるであろう心所のみについて、それぞれ簡単に説明を加えておきます(心一境性については既に示したとおりです)。

まず、印象として一番判りにくい、その文字面からその義を想像することも困難であろう内等浄(adhyātma samprasāda)というのは、要するに「信」のことです。仏教では一般に、「信澄浄」ということ言います。これは、信とは心を清らかにするものである、という意味の言葉です。

しかし、ここでの信はただの信根というのではなくて、特に尋と伺という波が消え去ったことにより生じる心の清浄性を言うものとされます。尊者世友は、このように説明されています。

尋伺躁動擾亂定心。信能除彼令心等淨。如波浪息水則澄清。是故說信名內等淨。

尋伺は躁動して定心を擾乱す。信は能く彼を除ひて心を等浄ならしむ。波浪息めば水則ち澄清なるが如し。是の故に説いて信を名づけて内等浄とす。

『大毘婆沙論』巻八十 (T27, P416a)

尋と伺という波立つ水面の波が鎮まったときの、喜と楽とを伴う信、それが内等淨です。

では、そもそもその尋と伺とは何か。

尋・伺が具体的にいかなるものであるかについて、『倶舎論』ではまず毘婆沙師すなわち有部の説を二つ挙げ、尋と伺とは同一時の心に同時に起こり得るものとする説を紹介しています。

尋(vitarka)とは「粗雑な心の働き」とされ、眼・耳・鼻・舌・身・意という六種の感覚器官を通じて知覚する対象について、漠然と考えること、あれこれと推測することです。次に伺(vicāra)は「微細な心の働き」といわれ、対象を細かに深く思索することです。現代的にこれを云って、尋を単に「思考」とし、伺を「思索」としても可でしょう。

真諦三蔵はこれにそれぞれ覚と観との漢訳語を当てていますが、玄奘三蔵の用いた尋と伺こそ適訳と言えるもので、その内容をよく言い表しています。尋・伺の双方とも、いわば思惟を意味するものですが、その粗細の程度の差によって別とされるものです。

なお、有部の阿毘達磨説では、この二つの心所は八不定地法の中に摂められているものです。

しかし、世親菩薩は(経量部の見解と同様に)、尋と伺とが同時に起ることはありえないとして、『倶舎論』の中でそれら有部の説に疑義を唱えています。尋と伺とは、思考の粗細といった相対的な違いを言ったものであって、粗雑な思考と微細な思考が同時に生じるというのは理の通じぬ話であるというのです。経説が尋と伺を同時に禅支として挙げているのは、どちらか一方が生起するものとしてであって、同時には起こるべくもないものであるとしています。

今は蛇足となりますが、後で触れる分別説部(『清浄道論』)においては、尋と伺とは、例えば鐘を打ったときの初めの衝撃音の如く、最初に心がその対象に集中することが尋であり、鐘がその余韻を引き続けている音の如きものが、それは微細で継続するものですが、伺である、などと説明されています。

いずれにせよ、このようなことから、静慮(dhyāna)とは、二禅以上に進むと思惟することがなくなるものとされます。

しかしすると、冒頭述べたような「沈思」など「深く考えを巡らす」というその原意からは離れたものとなるかのようです。これは一体どういう事か。

すでに有部の禅の定義は「正観と断結」であることを示し、また『倶舎論』の「依何義故立靜慮名。由此寂靜能審慮故。審慮即是實了知義」云々という一説も示しました。つまり、静慮における審慮とは、あれこれとジックリ考えるなどということではなく、モノの生滅をありのままに現観すること、明らかに知ることです。

いや、正確には、静慮とは「心一境性ならびに喜・楽を伴う思惟」から初め入ってこれを超え、モノのありさまを現観(現量・直接知覚)すること、と言ったほうが良いでしょう。

ところで、有部の禅支についての見解として特徴的なのが、初・二禅の楽を行蘊に約して軽安[きょうあん]の楽とし、三禅の楽を受蘊の楽であると別して約している点です。軽安(praśrabdhi)とは、有部の心所法のうち大善地法の一つで、身心をして軽やか快適なるしめる心の働きです。

受蘊の楽について、まず受とは、外界もしくは記憶などの刺激・接触を受け、その認識を言うもので、心所法では遍大地法の一つに挙げられるものです。この受(vedanā)には、苦・楽・喜・憂・不苦不楽(=捨)の五受があるとされます(あるいは、身体と精神との分類をせずに、苦・楽・不苦不楽の三受説も行われ、むしろそれが一般的でしょうか)。

先に触れたように、有部では第三禅以上においては前五識がすでに働かなくなるとしているため、第三禅での楽は、身体的なものではなく、あくまで精神的楽であるとしています。

ちなみに、この楽を行蘊と受蘊との別々に約して見る有部の見解について、『倶舎論』では経量部の立場から疑義あるところとしています。経量部はいずれも受蘊の楽であるとして否定していたようです。

さて、『倶舎論』では、続けて「止觀均行最能審慮。得現法樂住及樂通行名」と言っているように、静慮という境地が、止観均行の境地であって、その故にこれを「現法楽住」または「楽通行」と名付けられるとしています。

この楽通行とは、悟りに至るには楽通行と苦通行という、要するに楽な道と困難な道というのがあると諸経典に説かれているのですが、その内の前者です。また、その人の機根の勝劣によって、速と遅との別がそれぞれあるとされ、楽速通行・楽遅通行・苦速通行・苦遅通行との四種が、経に仏所説として説かれています。これを四通行と呼称します。

楽通行とは、修行していく上で安楽が多いなどという意味ではありません。悟りに至るに「流れに従って川を下っていくよう」な意味での楽ということです。四禅において解脱を果たす方が、その他の境地・静慮以外の三摩地からに比して楽であるという意味です。

冒頭述べたように、釈尊は(四禅の上に位置づけられる)四無色定と言われる境地を極めつくしても悟りに至ることがありませんでした。しかし、禅なる境地において釈尊が成道され、四聖諦・八正道・中道などの正法が世間に開示されて以降は、四禅は法を知見するに最も勝れた境地とされています。

実際、諸々の仏教の修道において、すなわち瑜伽者が菩提を得る過程において禅に至ることは必須とされます。

(仏教の修道法および修道階梯については、“五停心観”を参照のこと。)

ここで一応、誤解されぬよう確認しておきますが、四禅という境地が悟りの境地そのものなどでは無論ありません。また、解脱するに禅の境地を獲得しておくことが必須の条件とはされていても、しかし、必ずしも解脱が禅の境地からのみなされるものとはされていないことは、四通行という経説がなされていることからしても明らかであって、これは念頭において置かなければならないことです。

実際問題として、そもそも禅を得るということは非常に困難なことであって、まして第四禅など誰人にも獲得出来るものとは到底言えるものではありません。そのようなことから釈尊は、比丘たちに対し、禅を得た云々ということを、正式な出家者を例外として他者に明かすことを禁じられています。

これに関連してまた一つ。禅を得ることが必須の条件であるからと言って、このような輩が実際にいるのですが、瞑想為るものを自分なりに試してみたが自分には禅を得ることなど出来ない、故に自分には今生における解脱の道は絶望的である、あるいは、仏教は万人に開かれたものではなく実は極めて限定された者にのみ確認し得る限定的なものにすぎない、仏滅後久しく時を隔てた今となってはその教えも濁りきって速やかに悉地を得ることなど絵空事にすぎなくなっている、「絶望した!(以下略)」などというのは性急に過ぎます。

我が分を知らず量らず、短期間で目的を達し得ない、その劇的な成果を見出し得ないからと言って、それらに絶望もしくはそれを否定しに走るのは、性急にして愚かというものでしょう。

肝要なのは、日々わずかづつでも我が煩悩を制し、弱めていくことです。しかし、それは自らの心の弱さやそれまでの習慣・惰性、過去の業果によって揺らぎ、過ち、悩み、迷いつつなされるものです。竹を割ったように道を歩み得る人は稀有であるでしょう。

閑話休題。また、特に第四禅は、冒頭触れたように釈尊が成道される際にあられた定であり、また般涅槃される直前にも入られていた定であり、これは伝持する部派が異なってもそれらの経典が一致して説いている事です。このことは、僧伽が分裂する以前の最初期に、仏滅後結集を行なった諸大徳らも、第四禅という境地が特に重要なものであるとみなしていたことを示唆しているように思われる点です。

いずれにせよ、禅なる境地は、止観均行・止観平等なる、悟りを得るについてもっとも良い条件整った境地である、と言うのが有部の見解です。

蛇足ながら、『倶舎論』の著者である世親菩薩は、以上に挙げた有部の禅支説を『婆沙論』に則って簡潔に示していながら、その一部の説に関しては否定的に見ており、例えば禅支に関してもむしろ経量部の説を良としているようです。

← 前の項を見る・次の項を見る →

・  目次へ戻る

・ “仏教の瞑想”へ戻る

分別説部大寺派における禅定の定義

声聞乗の十八あるいは二十部派のうち、現在にまで独立した部派として唯一伝わり残る、(根本の)上座部などと自称しまた通称されている分別説部大寺派における禅の定義は、その阿毘達磨蔵の七典籍の一つ“Vibhaṅga[ヴィバンガ]”(『分別論』)に詳しくあります。

(部派については、“戒律講説”の“部派仏教について”の各項を参照のこと。)

『分別論』は、分別説部の阿毘達磨説を知る上で、“Dhammasaṅghaṇi[ダンマサンガニー]”(『法集論』)にならんで重要な書とされてるものです。分別説部の阿毘達磨説は、特に心の分析について独自の見解・方法で精緻にしており、その故に外からも見るべきものが多くありますが、それを知る上で『法集論』は欠くことの出来ない書です。

さて、『分別論』の構成は、様々な仏教の重要な言葉・概念について、まず経説に基づくもの(経分別)と阿毘達磨説に基づくもの(阿毘達磨分別)との二説を挙げ連ね、最後の問分でこれを様々に詳細に説き明かしている書です。

禅については、経分別では経説に則った四禅説を説き、対法分別では阿毘達磨説として四禅説も説きつつまた(その分量としては実にわずかなものですが)五禅説を説いています。

そして、分別説部においては、対法分別における五禅説がその正統説となっています。

要するに、説一切有部があくまで経典に説かれる四禅説に忠実にこれを考察しているのに対し、分別説部は(独自の)阿毘達磨説を採っているのです。

経説よりもむしろ論蔵所説を優先させるのは、分別説部の“分別説”部たる所以です。

とは言え、説一切有部もその最初に論蔵を経蔵に優先させたことが発端で起こったとも言われているので、論蔵の所説を重くする傾向は双方同様です。しかし、有部はこれに関して経説を採っています。いや、有部には五禅説など存在していなかったようなので、採用しようもなかったのでしょう。

そもそも、分別説部では、論蔵の七典籍のうち『論事』を除いた全てが仏陀の所説そのもの、もしくは仏陀が天界に一時登って諸々の天人(神々)の為に行った極めて複雑にして高度な教えを、舎利弗尊者や目蓮尊者などの大弟子が“略説”して説いたものであるとして伝えています。

故に、経説であろうと論蔵の説であろうといずれも仏説であり、また論蔵の論の原語となるパーリ語abhidhamma[アビダンマ]という言葉の語義を勝法すなわち「すぐれた教え」であると解釈しているので、分別説部が論蔵所説を優先させるのは至極当たり前の態度とも言えます。

もっとも、阿毘達磨がいかに説かれたかの由縁は別としても、これは説一切有部においても共通する見解です。

ただし、現在の分別説部には、合理主義の影響を受けた結果というべきか、阿毘達磨は仏説などでは到底なく、またこれを学んでも得られるものは少ないとする見解を持つ者がまま見られます。しかし、それはあくまで近現代的な態度であって、分別説部という部派としての伝承・正統的見解は、あくまでまぎれもない仏説であって、阿毘達磨なしに法を理解することなど出来ない、とされています。

さて、説一切有部におけるいわば『阿毘達磨倶舎論』あるいは『順正理論』の如きものと言える、分別説部の阿毘達磨の綱要書“Abhidhammatthansangaha”(『摂阿毘達磨義論』)においても、もっぱら五禅説によってのみ禅定がいかなるものであるかを解説しています。正統説などというより常識的一般的に用いられている説、と言ったほうが適切かもしれません。

しかし、現実として、現在の分別説部には四禅説の詳細を知る者はほとんどいません。『分別論』の経分別に説かれる四禅説は、先に紹介した説一切有部のそれと細かい点で違いがあるものの、ほとんど同様のものとなっています。

ここではこれら容易く比較参照できるよう、『分別論』の経分別の四禅説ならびに阿毘達磨分別の五禅説の双方を表にして示します。

分別説部『分別論』における禅支(経分別)
- 想・行・識蘊 受蘊 内等浄 心一
境性
不苦
不楽
初禅
- - - - - -
二禅
- - - - - - -
三禅
- - - - - -
四禅
- - - - - - -
分別説部『分別論』における禅支(阿毘達磨分別)
- 心一境性
初禅 -
二禅 - -
三禅 - - -
四禅 - - - -
五禅 - - - -

以上のように、これは根拠としている経説が同類のために当然というべきことでしょうが、分別説部の四禅説は有部のそれと、大きく異なっておらず、ほとんど同じとなっています。対して五禅説は、彼らが分別説した結果というべきか、四禅説で挙げられる禅支よりも少なく、また表にすると簡略ばものとなっています。例えば楽については全て受蘊に摂されています。

もっとも、五禅説において禅支が少なくいわれているからと言って、その他の念・慧・内等淨といった心所が禅中には起こらないということを示しているわけではありません。それら五禅説で除外された心所は、分別説部の心・心所説の中で、欲界の善心ならびに色界と無色界に通じて相応する心所として別して挙げられています。特に禅心に相応する心所は、禅相応などと言われます。

(これらのことは、分別説部の心・心所説に触れていなければ理解出来がたいことなのですが、今はそれを紹介する余地がないので斯く言うにとどめておきます。)

ここでまた、分別説部と説一切有部の見解とで大きく異なる点が一つあります。

先に紹介したように、有部において禅とは、特定の禅支を伴う心の状態で、それは三界のうち色界にのみ属するものとされます。分別説部においても同様、禅とは特定の心所を伴う心の状態とはされますが、しかし、それは色界だけではなく四無色界における心もまた禅心であるとしています。ただし禅心といっても、無色界におけるそれは総じて第五禅のみとされます。

無色界における有情の心、といってもそこは無色界であるのでいわゆる「体」を持つ存在などなく意識だけの世界なのですが、それは四無色界のうちのいずれの階層においても等しく第五禅にあるものとしています。

すなわち、分別説部大寺派では、色界の四禅天(第五禅)における有情の心の状態と、すべての無色界の有情の心の状態とは全く同一のものであると見なし、ただその心の対象のみ異なるとします。

なお、分別説部が、経説では四禅のみが説かれているのにも関わらず、ここで五禅などと言っているのは、内容的に見たならば、説一切有部が初禅と二禅との中間にあると説く中間定[ちゅうげんじょう]、これは有部の定義ならびに経説に従うと禅とは言えないものですが、これを二禅であるとし、以降の禅を一つずつ繰り上げて言っているものです。

また分別説部では、有部のいう近分定をupācarasamādhi[ウパチャーラサマーディ]と言い、根本禅をappanāsamadhi[アッパナーサマーディ]と言います。

分別説部の修道法における、それは『清浄道論』にほとんど全面的に基づいたものですが、禅支説に関連して特に詳細にしている点があります。瞑想中に生じる諸現象を、五禅説に従ってかなり具体的に説明している点です。これは説一切有部の、少なくとも現在にまで伝わっている典籍では見られない点です。

(関連する事項に“地遍の修習”がある。参照せよ。)

もっとも、根本説一切有部の伝統を濃厚に継承したチベット仏教の各流派においては、分別説部で言うところのnimitta[ニミッタ](瞑想中に現れる相、特に光)などについて、これを詳細に説き明かして瑜伽者を指導する伝統が残っています。

また、これも蛇足となりますが、分別説部における禅の定義とは極めて簡潔にながら上に示したごときものなのですが、禅とは何かについての見解は、細かい点において現在の分別説部における僧侶(と言っても国際的に比較的知られている者たちですが)によって異なっている場合があります。

← 前の項を見る・次の項を見る →

・  目次へ戻る

・ “仏教の瞑想”へ戻る

功徳を積んでこその無功徳

画像:We are the all-singing, all-dancing crap of the world.

さて、禅とは何かの梗概を述べれば以上のようなものとなりますが、これにいちいち拘泥しても益することは少なくなってしまうかもしれません。さりとて、これらを知らずに禅が云々などと言うのは論外というものではあるのですが。

しかしながらまた、このようなことを知ったことによって、禅を得たい、禅を得なければならない、などという強い願望・意思をもったとすれば、それはむしろかえってその人の障碍となってしまうかもしれません。いや、屹度なるでしょう。

翻って、いくら坐を積み重ねてみたとしても、いつまでも自身の心がそれと程遠いものであることに、ひどく失望する者も出てくるかもしれません。あるいはまた逆に、自身がまさしくここに定義される禅の状態に至ったことがあるなどと、それが真のものであれ偽のものであれ、増上慢を起こす輩も出てくるかもしれません。

先に述べたように、大乗小乗を問わず、仏教の修道上それが須らく経験すべきものであったとしても、しかしそれは容易いことでは決してありません。

これはその人の機根に大きく左右される、すなわちその人の宿業・宿善によって、その難易は相当に異なるものとなるでしょう。少々の努力を為したからと言って、たちまちその境地に達することを期待出来るようなものではありません。

率直に言って、こればかりは如何ともしがたいことですから、諦めが肝心というものです。けれども、そのように諦めるまでは、自分の「分」というものを知るために、必死でもがき苦しむことが必要でしょう。鎌倉期の昔、明恵上人が「あるべきようわ」の七文字を以て人々を教誡したのに対し、天台の人は「身の程を知れ」という七文字を以て説教しています。

さて、では人は如何にして我が身の程を知り得るというのか。

文字通り、骨身を削って努力するしかありません。自分の出来る限り最大限の努力を、これは口でこそ簡単に言えてしまいますが、自分自身が諸々の挫折・困難あるいは失望などを乗り越えながら、それは決して楽しいことではありませんが、払っていくしかありません。

どうしても駄目であるというのならば、あるいは真宗の人、親鸞の如き信仰を持つのも良いでしょう。しかし、それにはやはり最大限の努力をなし、己を徹底的に見つめ知るという経験が必要であるように思えてなりません。それ無しに、「地獄は必定住処ぞかし」などと悦に入って「人間だもの」では、およそ莫妄想などとは程遠く、むしろ極妄想の人となる道を突き進むことになるのが落ちというものでしょう。

故に、困難である、と耳にした端から諦めてしまうようでは、易行だなどと聞いてフラっとするようでは話になりません。

あるいはまた、どれほど努力すれば、どれだけ瞑想に励めば自分は預流果に至れるのか、十地に登れるのか、いや、そもそも自分はそのようなものになれるのかなどという、忌憚なく言いましょう、愚の骨頂たる疑問を持つ者があります。しかし、そのような期待あるいは疑問を持っている間は、その人にはいかなる境地も期待出来るものではありません。

脈絡の無いことを述べますが、現実に自身が瞑想するにおいて、なにものも、なにごとも期待しないこと。いや、瞑想だけでなく、多くの事柄についてなんら期待せずに淡々と日々務めることは、多くの場合において大変重要なことです。

求めるからこそ行い、行っている以上はその効果がどうであるか、途中経過がどのようなものであるか、果たして確かに結果を残すことが出来るのかを気にするのは人情というもの、いや、合理的な心情・科学的な態度であろうと云う人もいるでしょう。また、求めて始めたことを求めずにやれ、などというのはまったく不合理である、と考える者も当然あるでしょう。

しかしながら、そのように求めて得られるものはありません。

瞑想によってこそ私は変わり得る、などという過度の期待はただの妄想に成り得、そのような思考によって何やらおかしくなってしまっている人があるかもしれません。いや、瞑想至上主義者とでも言うべきようなもの、それはほとんどの場合、悪い意味でおかしな者、自分は特別であるとか高い境地にすでに達したなど公言する、いわば精神を病んでしまったような輩は、実際に多くあります。

唐突にこのようなことを言うのも滑稽に感ぜられるかもしれませんが、功徳を積まずしては「無功徳」なる言は成立しません。端から禅宗祖師らの言葉だけを学んでその奇抜さに心惹かれ、独峰の先端に坐する孤高の禅者を気取ってみても、どれだけ自他に対して禅宗の薀蓄を垂れてみても、それは地図を眺めてかの地に立っている気になっているだけの空想の旅人・妄想人に過ぎないでしょう。

ここにおいて、過去の偉大な禅師達、禅宗の祖師たちが残した言葉はようやく心の芯から響くものとなり、多くの瑜伽者を導く光明となりうるものとなるでしょう。

非人沙門覺應(慧照) 敬識
(By Araññaka bhikkhu Ñāṇajoti)

← 前の項を見る・次の項を見る →

・  目次へ戻る

・ “仏教の瞑想”へ戻る

止観とは何か |  止観双運 |  念とは何か |  禅とは何か |  五停心観 |  四念住
不浄観 |  四無量心観 |  安般念(数息観) |  十六特勝 |  三十七菩提分法

・ トップページに戻る

メインの本文はここまでです。

メニューへ戻る


五色線

現在の位置

このページは以上です。