真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

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1.地遍の建立法

地遍とはなにか

唯一現存する小乗(声聞乗)の部派、分別説部大寺派の修習法(bhāvanā)では、その対象として四十の業処[ごうしょ]が説かれています。

修習の対象といった意味で用いられる語としての業処(kammaṭṭhāna)とは、分別説部特有の術語で、「瞑想の対象」「三昧・禅の土台」という意で用いられます。もともとは、この語を直訳すれば「行為の基盤(意味・目的)」ですが、経典においては職業・生業といった意味で用いられる語です。

他の部派、たとえば説一切有部でも分別説部が業処と呼称する諸々の法を対象とする修習法を説いているものの、その位置づけなどが大きく異なっています。いずれにせよ、それら修習の対象・修習法として説かれるものは、そもそも経典に説かれているもので、それを各部派がそれぞれ独自に組織体系化したものです。

さて、ここでは分別説部大寺派が説く四十の業処のうち、特に地遍(Pathavīkasiṇa)を対象とした修習の次第を明らかにしています。

まず、分別説部がここでいう地遍の地(pathavī)とは、地・水・火・風のいわゆる四大のうちの地大あるいは地界です。地大とは、一般的な意味での地面・大地を言うものでなく、またいわば「地という元素」などというものを意味するものでもありません。それは、およそすべての事物に存する、大地のように堅固なる性質、モノを保持する作用そのものを指す言葉です。

そのような性質を「地」の名でもって呼称するのは、「大地」「地」などと言えば、ものを保持する堅固なモノなどと、世間一般の人には想起されるため便利であるから、とされます。

遍(kasiṇa)とは、「全体・すべて」(sakala)を意味する語で、それを分別説部では地遍(Pathavīkasiṇa)と併せて言うことによって、(瞑想の対象としての)「地そのもの」という義で用いています。それは瑜伽行者が何らか対象のすべて、すなわち「そのもの」を見る(想起する)ことによるものであるから、とされます。

なお、分別説部では遍(kasiṇa)の修習に十種を数えており、それは以下のようなものです。

十遍
- Pāli 漢訳 意味
十遍
Kasiṇa
1 Pathavī 堅い性質
2 Āpo 拡がる性質
3 Tejo 熱する性質
4 Vāyo 動く性質
5 Nīla 青色
6 Pīla 黄色
7 Lohita 赤色
8 Odāta 白色
9 Āloka (Obhāsa) 光明 光り・輝き
10 Paricchinnākāsa 虚空 空間・虚空

これら十遍のうち、分別説部大寺派において最も権威ある書にして、これ抜きにしては分別説部などあり得ないと言っていいほどの修道書である“Visuddhimagga”(『清浄道論』)では、それが最初に挙げられているものであることから、地遍の修習についてが最も詳細に説かれています。そのようなことからも、ここでは特に地遍を取り上げ、その修習法を示していきます。

なお、地遍の修習を成就した者は、自らの分身を化作することが出来るとか、空中あるいは水中に地を化作してその上で立って歩き、あるいは坐すことが出来るとかいう功徳がある、と『清浄道論』では伝説しています。

余談ながら、かれども近年の分別説部では、このように地遍曼荼羅を用いての地遍の修習を行う者はほとんど絶無となっています。

一昔前、ほんの三、四十年前のビルマには、業処を備える僧院が一応あったといいます。しかし、近年の行き過ぎた「ヴィパッサナー(観)こそ」という思想の流行によるものか、今はそのような僧院は見かけられなくなっています。ごくごく稀にながら、昔用いていたという業処を未だに保持している、というよりうっちゃりぱなしにしているものがかろうじて残っている寺院を見かけることがある程度です。

瞑想がそれほど盛んでないその他の国、タイやスリランカなどでは、このような修習を行う者などはもとより、その修習法の存在さえ知る者すら無いような状況となっています。

これは非常に残念に思えることですが、南方諸国は一般的に、昔の事物を大切に保存するとか、そのままの形で伝承するという意識が非常に希薄なため、古い物が古い物なりに残されることがほとんどありません。

地遍曼荼羅の建立次第

行者が地遍を業処とする修習を行じることになったならば、地遍曼荼羅(Pathavīkasiṇamaṇḍala)を建立しなければなりません。これを為すには、自らが依止するところの阿闍梨[あじゃり]の示す規定に従わなくてはならない、と説かれます。

阿闍梨とはサンスクリットあるいはパーリ語のĀcariyaの音写語です。これは単に先生というほどの意味の語で、「絶対的な師」だとか「なにやら特別な先生」などという意味をもったものではありません。しかしながら、それは特定の宗教や宗派などでは、なんらか特別な意味が付されて用いられている場合があり、仏教では特に密教がその典型例となっています。

そして、ここで言われる阿闍梨とは、密教がいうところの阿闍梨の意味に非常に近い、その弟子にとっては絶対的立場にある修道上の指導者です。

とは言え、ここに言われる阿闍梨の示す規定とは、取りも直さず『清浄道論』の所説に基づくものとなります。故にここではやはり、先にすでに宣言したように、『清浄道論』の所説に従って地遍曼荼羅の建立法を示していきます。

なお、これは今は蛇足となりますが、そもそも『清浄道論』の所説は、邪説であると批判しつつも分別説部無畏山寺派の長老ウパティッサ『解脱道論』の構成ならびに所説を多く蹈襲し、これを改編するなどして著されたものです。故に『清浄道論』だけではなく『解脱道論』をも同時に被欄すると、何がより古い所説であるか、何がブッダゴーサによって取捨選択され、あるいは加増され詳細に規定されたものであるかが明瞭となるでしょう。

(瑜伽を修習するに適した場所については、前項の“前方便”を参照のこと。)

まず、地遍曼荼羅を建立する場所の選定から。瑜伽を修するに適した場所においても、その中央部や人のよく通る場所は避け、人のあまり来ない片隅などを選びます。また、日中、直射日光があたらない日陰となる場所や、屋根のある場所や洞窟、石室の中が良いでしょう。いずれにせよ、土を使える、自らが日常起居する部屋でなく、かつ人の往来のない場所にこれを作ります。

次に、地遍曼荼羅を建立するに必要な、木の杭(八本から十六本あれば充分)・葛(あるいは縄)・そして暁色の土(粘土質のもの)、そして鏝[こて](金箆[かなべら])を準備。暁色の土はあらかじめ、篩[ふるい]にかけるなどして小石や草などゴミを取り除いておきます。

もし暁色の土が充分に手に入らないならば、暁色の土の他にその他の色の土も準備し、これで底上げをするようにします。これも篩にかけるなどしておいたほうが良いでしょう。その場合、暁色の土は表面にだけ用いますが、他の色の土と混じらぬようにしなければなりません。

さて、必要なものを揃えたならば、まず平坦な地に(棒と紐とを組み合わせた)コンパスなどを用いて半径一搩手[いったくしゅ](22.5cm)の円を描きます。そこで、用意していた木の杭を、地に描いた縁にそって均等に打ち付けます。次に、葛(あるいは縄)でもって打ち付けた杭をぐるりと巻き付けていき、固く縛ります。後でその内側に土を入れるので、隙間があまり出来ないようにした方が良いでしょう。

そして、準備していた赤土を充分に入れて、さらに縄で巻かれた杭の外側など全体を覆うようにします。これを鏝[こて]でもって、綺麗な円形にし全体を滑らかにします。特に上面は太鼓の打面のようにしなければなりません。

仕上げる際には、少量の水をかけつつやると綺麗に出来ます。あるいは仕上げ用として別に、あらかじめ暁色の土に水を含ませ、よくこねたものを準備しておいて用いると楽に出来ます。しかし、あまり多量に水を用いると、乾燥した時に表面がひび割れることがあるので注意しなければなりません。なお、使用する鏝は、仕上げを良くするために木製のものを避け、石製(あるいは金属製)のものを使用することが規定されています。一般に用いられているセメントや漆喰用の金ベラを用いるのが良いでしょう。

参考までに、今述べた地遍曼荼羅の建立法をわかりやすく図としたものを以下に挙げておきます。

図解:地遍曼荼羅の建立法

そのようにして建立した地遍曼荼羅の直径は一肘四指[いっちゅうよんし](約52.5cm)となっているはずで、それが規定の大きさです。

(とはいえ、古のインド人、セイロン人の規定ですから、寸法に関して現代的厳密さなどは求められていません。本項では一応、今も仏教では用いられる古代インドの指・搩手・肘などの尺度を示しつつ、メートル法での寸法も括弧内に記しました。が、寸法の厳密さにこだわる必要はありません。それはおおよそのもので、ミリ単位の精度を要求するものではありません。)

携帯型 地遍曼荼羅の作製法

なんらかの理由によって、以上のような据え置き型(tatraṭṭhaka)の地遍曼荼羅を建立し得ない場合は、その代替として携帯型(saṃhārima)の地遍曼荼羅を作製し、それを用いることも可能です。

携帯型の作製法は、まず70cm程度の丈夫な木か竹の棒を四本組み合わせて枠を作ります。次に、その枠に適当な大きさの布(厚手の生地)か皮革を弛まぬようにピンと張り付けます。布は、後々に伸びてしまわないようなある程度強く、また汚れておらず、また濁った色でないものを用いるのが良いでしょう。後々、用いた布あるいは皮が伸縮した場合、そこに描いた曼荼羅にヒビや歪みなど生じてしまいます。

(早い話、現代の日本や西欧では、画材屋で該当するサイズのキャンバスを購入してくるのが一番手っ取り早く、また確実で綺麗なものを作る方法となるでしょう。)

画像:携帯型地遍曼荼羅

つぎに、そこにコンパスなどでもって、半径が一搩手二指(26.25cm)すなわち直径が一肘四指(52.5cm)の円形を描きます。その円形に、先ほどの正式な地遍曼荼羅を建立する時と同じく、篩[ふるい]にかけて小石や草などゴミを取り除いた細かで綺麗な赤土を塗りつけていきます。それに際しては、赤土と適量の水と併せてよくこねて適度な粘度にしておき、描いた円からはみ出さぬよう丁寧に塗っていきます。

塗りつけた土は、やはり水の加減次第で乾いた時にひび割れることがあるので注意が必要です。また、乾いて後に何回か塗り重ねるとより綺麗に、立体的に仕上がり、業処として用いるに好ましいものとなるでしょう。

いずれにせよ、地遍曼荼羅を建立するにあたって肝要なのは、実際の土を用いることと、その色が暁色(aruṇa)であること、その大きさが直径一肘四指すなわち約52.5cmであることです。

いまさらながら、「暁色と言うのは、一体どのような色であるのか」と少々疑問に思われる人があるかもしれません。伝統的に、それは朝焼けの色であるとか、ルビーの色とか言われる、淡い赤色のことです。赤系統の色には違い有りませんが、一般的な赤とは異なる色でなければ赤遍の業処との混同が起こるので、これを避けます。

さて、以上のような過程を経て造った地遍曼荼羅を対象とし、実際に地遍の修習を行います。

これは全くの余談となりますが、『解脱道論』では曼荼羅の形状を円形とだけ規定していません。円形の他に、方形・三角形・四角形を説いています。しかし、本師の所説は円形を最勝とするとしています。そして、その設置する場所は、布・板・壁などを可としつつも、地面を最勝としています。

これらは「先師説」であるといい、実際に三蔵にこのような規定など全く伝えられて無いのですが、先の阿闍梨らの所説に基づいていることを明かしています。

(これは経験からする私見で故に蛇足となりますが、携帯型を屋内で使用するのであれば、むしろ壁においたほうが修しやすいでしょう。ただし、壁にこれを掛け、あるいは立て掛けて修する場合は、自身が坐す場所との距離を工夫しなくてはなりません。)

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2.地遍の修習法

至心発願

地遍曼荼羅を建立したならば、瑜伽[ゆが](yoga)を修習する行者は、これを瑜祇[ゆぎ](yogin)というのですが、その周辺を綺麗に掃き清めます。そして、実際に瑜伽を修習するまえに、その身も沐浴して清潔にします。

さて、瑜祇は、地遍曼荼羅から二肘半(112.5cm)以内の場所に、高さ一肘四指(52.5cm)の椅子を設けてそこに坐します。『清浄道論』は‘sukhanisinnena'(楽座によって)と言って坐法を指定しておらず、むしろ椅子に腰掛けます(それでは気が定まらないという者は、椅子の上で結跏趺坐か半跏坐で坐しても構いません)。いずれにせよ、背筋と首とを逸らし過ぎず猫背にならぬように直ぐします。これは瑜伽を修習する上で肝要な点です。

ところで、何故その距離でなければならないかといえば、それより遠ければ地遍を明瞭に視認することが困難となり、それより近ければ遍の過失が生じるためだと言われます。そして椅子の高さについては、これより高ければ地遍曼荼羅を直視するに首を曲げることとなって姿勢が崩れるために不可であり、低ければ腰掛けた膝がやがて痛むようになるとされるためです。

瑜祇は、そもそも何故に自身が瑜伽を修習しようというのか、すなわち「なぜ、私は瞑想するのか。その目的は何か」、出家者であればさらに「なぜ、私は出家したのか。その目的は何か」と、その動機と目的とを自らに問い、確認しなければなりません。人はややもすると手段が目的化したり、行っていることの目的を失って単なる習慣化したりするなど、当初の動機、本来的目的を忘れてしまうものです。

それは決して義務として為すものではないでしょう、伊達や酔狂で行うのでもないでしょう。瑜伽を修習する目的は、五欲を満たすためでもなく、我慢を増長させるため、恨みつらみを晴らすためでもないでしょう。それらに過失のあることを見、それらから遠ざかって苦を離れ、涅槃に達することが、みずからの動機であり目的であることを再確認します。

そして、三宝の徳を想起。解脱に至る要道、すぐれた境地たる禅を得ることを願い、いま自らが修せんとするこの道によって過去の諸仏や辟支仏、声聞らが解脱に至ったのであるとの信を起こします。自らもまた、この道によって解脱に至るのであると。現実に瑜伽を修習するに、その法や阿闍梨を疑いつつは成し得ません。

ここで、「いや、合理的に考えればこうだ」「この様な規定など下らない、もっと自由にやってもいいのではないか。自由であるべきだ」云々という思考を持ちだして自分流をやりだすことは、たとえ部分的にはそうであっても、全体的俯瞰的に観た場合に修習を進める上での障碍となる場合が多くあります。

まずは規定のとおりにやることです。ここで妙な我を張っても大した利益は無く、むしろ不利益となってしまうでしょう。

地遍の修習(初門)

そのように瑜祇がいわゆる至心に発願[ほつがん]をなしたならば、いよいよ実修です。

瑜祇はかならず眼を「半眼」とし、地遍曼荼羅に注視します。

もし眼を全開としてこれを凝視すれば眼は疲れ、また対象の地遍曼荼羅(ならびにその周囲の状況など視界)が明らかに過ぎ、行者の意識に相(nimitta)が現れることはないでしょう。反対に、あまりに薄く眼を開けているようでは地遍曼荼羅を明瞭でなくて相が生じず、また意識も沈んで眠気が起こるなど障害が起こります。ここで眼を閉じるのは論外です。それでは曼荼羅を置く意味がありません。故に、開けすぎず閉じ過ぎずの半眼でなければなりません。

瑜祇は対象の地遍曼荼羅の暁色に集中してはいけません。それでは赤遍など色を対象とする修習とさして変わりなくなります。また、いま眼前にする円形の土をただの暁色の土として見るのでもなく、地大(地界)の堅い性質を想起するのでもなく、それらを部分部分で見ることなく全体として見なければなりません。現代の形態心理学でいわれるところのゲシュタルト性質(Gestalt quality)によるのです。

そして、それら全体を、地という概念(paṇṇattidhamma)として把握し、心に焼き付けていきます。

その際、瑜祇はパーリ語で地を意味するpathavī[パタウィー]、あるいはmahī[マヒー]・medinī[メーディニー]・bhūmi[ブーミ]・vasudhā[ヴァスダー]・vasundharā[ヴァスンダラー]のいずれかを、(もしくは日本語で「地」、あるいは英語で「earth」、ラテン語で「terra」など)要するに何であれ自身がそれを地を意味するものとして理解できる語のいずれかを唱え続けて心に念じます。

それら語のいずれを選ぶかは、行者の意楽[いぎょう]に任せられます。自らが「地」を想起するのにもっともしっくりする語を選択したらば良いでしょう。

瑜祇はいずれか地を意味する語を数百回、数千回、数万回となく、地遍曼荼羅を半眼で注視しつつ、地界を想起しながら唱え続けます。それを図示するならば、以下のとおり。

図解:地遍の修習法

相(ニミッタ)と三摩地(サマーディ)

このようにして修習しているうち、やがて眼を閉じた時に、対象の地遍曼荼羅があたかも現前に眼にしているかのごとく「ありありと」心に想起出来るようになったならば、これを取相(uggahaniimtta)の生起といいます。取相が生じて明瞭となったならば、今地遍曼荼羅を前にして座している場所から離れ、自らが起居する住房などに戻って、そこで定を修習しなければなりません。

(この取相とは何か、現代的に云えば、これは心理学の領域の言葉ですが、知覚像(recept)のことです。知覚像とは、ある特定の対象を知覚することを繰り返し経験することによって、心の中に生じる形象のことです。たとえば、これは視覚でなく聴覚ですが、音楽を聞いていない時でも、これは好き嫌い問わず起こるのですが、ある特定の旋律や歌詞などが頭の中でグルグルと流れて止まない、などという現象もこの知覚像の一つです。故に取相を得るというのは、何事かの超常現象でもなんでもなく、それこそごく当たり前に人のもつ、精神的機能を発現させるに過ぎません。ただし、視覚でこれを発現させるのは聴覚でのそれより困難で、だからが故に繰り返し修習するのですが。)

その際、生じた取相を失わなれないよう、よく気をつけ、落ち着いてその場を離れます。もし住房に戻る途上あるいは戻って取相を失ってしまったならば、また曼荼羅の前に戻って初めからやり直しです。

瑜祇は、取相を失わずに住房などに戻り得たならば、そこでまた適切に坐します。そして、得たところの地の取相を対象とし、ふたたび地を意味する語を(心中で)繰り返しながらさらに意識を集中していきます。取相は不安定であるため、これを念じて意識が他の対象に転じぬように勤めて守護しなければ、取相は消えてしまうでしょう。

そして、そのように心を守護している限り、心に妄念など煩悩が生起することはありません。しかし、この段階では念もそれほど強く確たるものとはなりえず、故にさらに三摩地を深めて心を清浄にしなくてはなりませn。

余談ながら、対象を念じている限り、心が汚れ(煩悩・特に五蓋)に染まることがないために、sati(念)を意訳して「守意」とした漢訳語があります。優れた訳語です。

さて、取相を守護し、さらに三摩地を深めていったならば、やがて取相に変化が現れます。今まで「あたかも目の当たりにしているかのような相」であったものが、その形も色も失って明るく輝き出し、いわば純粋な光、それも大変強い光となって心中に現れます。いわゆる似相(paṭibhāganimitta)です。

これは、あきらかに取相と異なったものであるために、瑜祇はすぐに似相であることを理解できるでしょう。それは瑜祇が初禅にもっとも近い三摩地を得た事の証で、その三摩地とは近行定(upacārasamādhi)と言われます。説一切有部などで言う近分定[ごんぶんじょう]に同じものです。

取相とは、色境たる地遍曼荼羅を注視したことによって、眼根ではなく意根で把握された相です。そして似相とは、意根で把握されたその相に集中したことによって生じる、もはや色も形もない純粋な光として感じられる相です。外的・物理的対象である遍作相の地遍曼荼羅が、実際に光り輝くわけでないことは言うまでもありません。

なお、最初に建立した地遍曼荼羅のような物理的対象は、遍作相(parikammanimitta)と言います。

修習と相と三摩地の相応関係
- bhāvanā
(修習)
nimitta
(相)
samādhi
(三摩地)
1 parikamma-bhāvanā
(遍作修習)
parikamma-nimitta
(遍作相)
-
2 uggaha-nimitta
(取相)
3 upacāra-bhāvanā
(近行修習)
paṭibhāga-nimitta
(似相)
upacāra-samādhi
(近行定)
4 appanā-bhāvanā
(安止修習)
appanā-samādhi
(安止定)

近行定に入った瑜祇は、得たところの似相を対象として、やはり地を意味する語を心中で繰り返しつつ、さらに意識を集中し、微細なものとしていきます。そして、ただ似相に集中するだけではなく、それを少しずつ拡張していき、ついに(自らが想起し得る限りの)全方位・全世界にまで拡げていきます。

その際に注意すべきことは、似相をなんとなく拡げようとしてはならないことです。まずは一指、次に二指、三指、四指とその量を定めて拡げなければなりません。そして、一搩手、一肘、一弓とその量を増やし、ついには自坊の多きさ、その庭、阿蘭若の境界、村、町、地方、国、一方、世界と次第して拡げていきます。

そのようにしてさらに三摩地を深めていったならば、やがて瑜祇は、それは非常に困難であって容易なものでは決して無いのですが、ついに禅(jhāna)に至ります。これを分別説部では、安止定(appanāsamādhi)とも言います。説一切有部で言うところの根本禅です。

禅那(ジャーナ)

分別説部における禅が如何なる内容のものかは、別項“禅について”に譲ります。

なお、分別説部では相と言われる、瑜伽を修習中に現れる光はただの幻想です。眼を綴じた状態で心に現れる光は、実際の光などでなく、そのように知覚されるものです。

しかし、これは瑜伽を修習し三摩地を深める中で体験しなければならない、禅を得る過程で必然的に体験されるべきものです。そこでこれを何事か不可思議で大層なものであると大喜びし、これに囚われてはいけません。

(諸部派、大乗・小乗における修道階梯については、別項“五停心観”を参照のこと。)

これは全くの余談となりますが、例えば弘法大師空海は青年の頃、土佐は室戸岬の洞窟にて観仏の一種といえる虚空蔵求聞持法を修習していた際、「阿国大滝嶽に躋り攀ち、土州室戸崎に勤念す。谷響を惜しまず、明星来影す」と、あたかも天に輝く明星(金星)が自身の中に来たったかのような体験をしたことを、その著『三教指帰[さんごうしいき]』にて記しています。

巷間、これを何の根拠もなしに、「空海さんはここで悟ったんですな」などとうそぶく学者輩(静某)があります。が、おそらく、弘法大師空海はその時、禅あるいはそれに準じた三摩地を得たのでしょう。言うまでもなく、禅を得ることと悟ることは異なるものです。

さらに余談となりますが、空海阿闍梨は唐に渡ってのち邂逅し、密教を正伝されるの幸を得た恵果阿闍梨より「三地の菩薩」と讃えられています。無論、空海阿闍梨は密教の正系を伝授され、また伝受した大阿闍梨であっても、仏陀などでは到底ありません。そもそも、もし若かりし頃にすでに「悟った」というのであれば、何故に万難廃して唐まで法を求めていったのか等の説明がつかなくなるでしょう。

なお、空海阿闍梨が、この手の一般的に不可思議体験と思われるような事項について記述し残しているのは後にも先にもこの一点のみです。そもそも、それは衝撃的であったからこそ記述したのに違いないでしょう。けれどもしかし、それを殊更に取り沙汰する人もありますが、それはその体験についての感想も意見もなく、ただ淡々とそのようなことがあったと記されているにすぎないものです。

たとい自身が実際に体験したことであっても、何事か不可思議な事柄を極力他に開陳しないのは、僧侶にとって大切な、まこと用心すべきことです。

さて、繰り返しますがそれは体験して当たり前の、しかし幻想です。深い三昧地の中で、心が純粋で強い光を知覚した時、心は深奥は輝いている、心の本性は輝いていると感じられ、表現できようものですが、それはまた別の話です。

過去のキリスト教の修道僧らには、その深い祈りの中で経験した、それはまさしく瞑想であるといってよいものですが、強い驚きや安楽さ、喜びを伴う美しい光を、「神の御光である」「神の威光に触れた」などと捉える人があるようです。しかし、少なくとも仏教の理解からすれば、麁い意識から微細な意識に移行する時に経験する光であって、神の云々などといったものではありません。

故に、端から相(nimitta)を得ることを目的としたり、その現れることを期待してはいけません。そのような思考はきっと障碍にしかならないでしょう。

また、修習している時に、中途半端にぼやっとしてモヤモヤと動く光が現れ、途端にこれを「相が現れだした」と捉え違いする人が多くあります。しかし、それはむしろ自らが意識的無意識的に作り出した妄想の場合が多く、幻想ですらない。このようなことからも、修習中、それについてあれこれ考えたり期待するのは禁物です。

さて、このように初禅を得ても、瑜祇はなお似相を対象として三摩地を深めていき、第四禅まで達していかなければなりません。その際、やはり障碍となるのは五蓋、すなわち貪欲(kāmacchanda)・瞋恚(vyāpāda)・掉悔(uddhacca-kukkucca)・睡眠(thina-middha)・疑(vicikicchā)が心に生起することです。

五蓋 (pañca-nīvaraṇa)
- 内容
貪欲
kāmacchanda
眼・耳・鼻・舌・身・意の六根の対象、すなわち色・声・香・味・触・法の六境に対する飽くことなき欲望を起こす心の働き。
瞋恚
vyāpāda
害意。心に怒り、憎しみ、悲嘆、憂愁、不安、不満足などがあるときに生じる心の働き。
掉悔
uddhacca-kukkucca
焦燥と後悔。落ち着かずにそわそわする心の働きと、過去に為した悪業への後悔で沈む心の働き。
睡眠
thina-middha
怠惰と無気力。不活溌で何事もなす気のない、懶惰で微睡む心の働き。

vicikicchā
疑い。何事も判断することができず、あるいは信じることが出来ずに戸惑う心の働き。特には業報についての疑い、判断停止。

これら五蓋が心に生起せぬよう、行者は念を保って勤めなければなりません。でなければ安止定は、一刹那のみの体験に過ぎずたちまち退転してしまうであろう、と『清浄道論』は云います。

しかし、五蓋を制して三摩地を深め、ついに第四禅を得た行者は、そこでようやく観(vipassanā)の修習に移行していきます。第四禅に至ることが出来た幸ある行者は、思いもつかないような体験をすることになるでしょう。

ところで、これは余談となりますが、分別説部では禅を獲得せず、観のみの修習によって涅槃に至ることが可能であることを説いています。そのような観を多く修する者を、分別説部では観行者(vipassanāyānika)と言います。

が、これは止の修習に全く依らないで観だけで至り得るというのではありません。止の修習に依って、少なくとも近行定(すなわち似相)を得て、これを礎としていなければ観を行える道理はない、とされています。

また、これは経説に基づいたもので、故に説一切有部でも同様に言うのですが、止の修習に通達せず禅を獲得せずに涅槃を得ようとする道は、苦楽の二道あるうちの苦行道であり、また遅速の二通達あるうちの遅通達であるとされて、(比較的)禅を得ていない者より困難で遅い道であるとされます(dukkhāpaṭipadā-dandhābhiññā)。

そのような通仏教的な、伝統的教義があるにもかかわらず、現代の分別説部においては、「観(ヴィパッサナー)こそ」という運動が起こって世間にも流行して誤解され、今に至っているのは何故か、というのを辿っていった時、大元にはちょっと常識では考えられない、当時のビルマ政府の「面白すぎる理由」に基づく意向が働いたことに因ることが知られます。

Walking on a razor's edge

譬えば、風で波立つ湖面ではその底をうかがい知ることが出来ず、また湖面が空をありありと映し出すことがないように。汚れで淀み濁った湖水では水中の様子を窺い知ることが出来ないように、行者は戒を具え、止の修習によって心を止息し、五蓋煩悩を制することがなければ、法を現観することなど出来はしません。

とは言え、あれこれ書くのはまことに簡単に済んでしまうことですが、現実に禅を得ること、それが初禅であったとしてもそこに達することは甚だしく困難なこととなるでしょう。

ほとんどの人にとって、それは絶望的とすら思えるものとなってしまうかもしれません。そしてその故に、むしろこのような三摩地や禅について記述することはあまり好ましくないこととなってしまうかもしれません。何故なら、これがためにいわば人が「ただの頭でっかち」となり、過度にあれこれ期待して失敗し、失望してその歩むこと自体を止めてしまう可能性があるためです。

(実際、南方でも「禅を得たい」、「禅を得た」などと軽々にする者は増上慢か不勉強の馬鹿くらいにしか思われません。外国人であるから多めに見られると言うことはありますが。いや、場所によっては瑜祇の多くが「禅を得た」「四禅に至った」と他言し、「私は三十世前までの過去世を見通せる」などと、自らの過去世をペラペラと他に開陳してあまっさえ本などにして出している者、「未だ」それが叶わずにいる行者たちはそれら輩共の話に憧れ、禅を得ようと励むという、私の個人的感覚からすれば異常な瞑想寺院もポツポツあるにはありますが。)

涅槃に至るための道を歩むことは、剃刀の刃の上を歩くが如きものです。

似たようなことを繰り返し言いますが、その道はおそらく、ほとんど多くの人にとって、非常に長い、まるで果てしの無いものであるかのようなものとなるしょう。けれども、そこには果てがあります。それは、自ら正知して歩みを進めていれば、自身が一歩一歩でも前進していることを知るでしょう。目的とする山はもう眼前にあることを知るでしょう。

我々は人ですから、時に誤り、失敗し、後退し、時に失望し、「もう無理だ」と投げ槍となってしまうこともあるでしょう。それは皆、同じです。外から見ればひとつの道をひたむきに歩いているような人でも、その心の中には多くの苦悩があり、葛藤があり、多くの失敗があるに違いない。

しかし、その人が自ら為した過失を悔いて改めようと努める限り、失敗から学ぼうとする態度を失わない限り、人は成長することが出来る。人はそのようにあり得るからこそ、道は道たりえる。

今、ここに示した地遍の修習は、その道を進むため術の一つです。そしてそれは大乗、特に密教の修習と共通する、あるいは密教の立場からの理解が容易に出来てたちまち密教の修習に応用の出来るものでもあります。

その信じるところの教えが大乗であれ小乗であれ、これを学び修めて得られる果はそれぞれの誓願と機根に依るものとなるでしょう。しかし、それをそれぞれの立場で懸命に日々磨いたならば、いずれも等しく仏陀と僧伽の遺宝としてその輝きを見せるに違いありません。

小苾蒭覺應 敬識
(horakuji@gmail.com)

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