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1.『観音経』

原文
(01) 世尊妙相具 我今重問彼 仏子何因縁 名為観世音
(02) 具足妙相尊 偈答無盡意 汝聴観音行 善応諸方所
(03) 弘誓深如海 歴劫不思議 侍多千億仏 発大清浄願
(04) 我為汝略説 聞名及見身 心念不空過 能滅諸有苦
(05) 仮使興害意 推落大火坑 念彼観音力 火坑変成池
(05) 或漂流巨海 龍魚諸鬼難 念彼観音力 波浪不能没
(06) 或在須弥峰 為人所推堕 念彼観音力 如日虚空住
(07) 或被悪人逐 堕落金剛山 念彼観音力 不能損一毛
(08) 或値怨賊繞 各執刀加害 念彼観音力 咸即起慈心
(09) 或遭王難苦 臨刑欲寿終 念彼観音力 刀尋段段壊
(10) 或囚禁枷鎖 手足被杻械 念彼観音力 釈然得解脱
(12) 呪詛諸毒薬 所欲害身者 念彼観音力 還著於本人
(13) 或遇悪羅刹 毒龍諸鬼等 念彼観音力 時悉不敢害
(14) 若悪獣囲繞 利牙爪可怖 念彼観音力 疾走無辺方
(15) 蚖蛇及蝮蝎 気毒煙火燃 念彼観音力 尋声自回去
(16) 雲雷鼓掣電 降雹澍大雨 念彼観音力 応時得消散
(17) 衆生被困厄 無量苦逼身 観音妙智力 能救世間苦
(18) 具足神通力 廣修智方便 十方諸国土 無刹不現身
(19) 種種諸悪趣 地獄鬼畜生 生老病死苦 以漸悉令滅
(20) 真観清浄観 広大智慧観 悲観及慈観 常願常瞻仰
(21) 無垢清浄光 慧日破諸闇 能伏災風火 普明照世間
(22) 悲体戒雷震 慈意妙大雲 澍甘露法雨 滅除煩悩燄
(23) 諍訟経官処 怖畏軍陣中 念彼観音力 衆怨悉退散
(24) 妙音観世音 梵音海潮音 勝彼世間音 是故須常念
(25) 念念勿生疑 観世音浄聖 於苦悩死厄 能為作依怙
(26) 具一切功徳 慈眼視衆生 福聚海無量 是故応頂礼

訓読文
(01) 世尊は妙相を具えたまえり。我いま重ねて彼を問いたてまつる。仏子は何の因縁あって名づけて観世音となす。
(02) 妙相を具足したまえる尊、偈をもって無尽意に答えたまう。汝聞け観音の行は、善く諸の方所に応ず。
(03) 弘き誓いの深いこと海の如く、劫を歴ても思議しえざるものなり。多く千億の仏に侍りて、大いなる清浄の願を発せり。
(04) 我、汝の為に略して説かん。名を聞き及び身を見て、心に念じて空しく過ごさざれば、能く諸有の苦を滅す。
(05) 仮使[たとえ]害意を興して、大なる火の坑へ推し落とさんも、彼の観音力を念じれば、火の坑は変じて池と成る。
(06) 或いは巨海に漂流して、龍や魚・諸鬼の難あっても、彼の観音力を念じれば、波浪に没すること能わず。
(07) 或いは須弥峰に在って、人の為に推し堕とされる所となっても、彼の観音力を念じれば、日が虚空に住するが如し。
(08) 或いは悪人に逐われて、金剛山より堕落するとも、彼の観音力を念じれば、一毛として損ずること能わず。
(09) 或いは怨賊の繞むに値って、各刀を執って害を加えようとしても、彼の観音力を念じれば、咸即ち慈心を起こさん。
(10) 或いは王難の苦に遭い、刑に臨んで寿終わらんと欲せんに、彼の観音力を念じれば、刀尋いで段段に壊れん。
(11) 或いは囚われて枷や鎖に禁じられ、手足に?や械を被ろうとも、彼の観音力を念じれば、釈然として解脱することを得る。
(12) 呪詛や諸の毒薬によって、身を害しようと欲せられる所の者も、彼の観音力を念じれば、還って本の人に著かん。
(13) 或いは悪しき羅刹、毒龍や諸の鬼等に遇おうとも、彼の観音力を念じれば、時に悉く敢えて害せず。
(14) 若し悪獣が囲繞し、利の牙や爪の恐るべきも、彼の観音力を念じれば、疾く無辺の方に走りさらん。
(15) 蚖や蛇及び蝮と蝎の気毒煙火が燃えようとも、彼の観音力を念じれば、声に尋いで自ずから回して去らん。
(16) 雲が雷を鼓し、電を掣し、雹を降らせ、大雨を?いでも、彼の観音力を念じれば、時に応じて消散することを得る。
(17) 衆生困厄を被りて、無量の苦身を逼らんに、観音の妙智の力は、能く世間の苦を救いたまう。
(18) 神通力を具足し、廣く智と方便を修して、十方の諸の国土に、刹として身を現さずということ無し。
(19) 種種の諸の悪趣、地獄・鬼・畜生と、生・老・病・死の苦も、以って漸く悉く滅せしめん。
(20) 真観・清浄観、広大智慧観、悲観及び慈観。常に願い、常に瞻仰せよ。
(21) 無垢清浄の光ある、慧の日は諸の闇を破り、能く災いの風火を伏して、普く明らかに世間を照らすなり。
(22) 悲の体たる戒は、雷のごとく震え、慈の意は妙なる大雲のごとし。甘露の法雨を?らして、煩悩のを滅除す。
(23) 諍訟して官処を経て、怖畏なる軍陣の中にも、彼の観音力を念じれば、衆の怨悉く退散す。
(24) 如なる音、世を観ずる音、梵の音・海潮の音、彼の世間の音に勝れり。この故に須く常に念ずべし。
(25) 念念疑いを生じること勿れ。観世音の浄聖は、苦悩・死厄に於いて、能く為に依枯となる。
(26) 一切の功徳を具して、慈眼して衆生を視たまう。福聚の海無量なり。是の故に応に頂礼すべし。

現代語訳
(01) 仏陀釈尊は、とても優れたお姿をされています。「私(無尽意菩薩)は今再びこれについて質問させて頂きます。仏の子(観世音菩薩)はどのような理由によって、「観世音」と名づけられたのでしょうか?」。
(02) 素晴らしいお姿をされたお釈迦様は、詩を唱えて無尽意菩薩に答えられた。「無尽意菩薩よ、聞きなさい。観音菩薩の修行は、あらゆる場所(からの救いの求めに)に答えるものです。
(03) その誓願の大きく深いことは海のようであり、永遠とも思える時間を経ても、伺い知れないほどである。幾千億というほど多くの仏陀のもとで修行し、大いにして清らかな誓願を発したのである。
(04) 私は、無尽意菩薩のために要約してこれを説こう。人が、観音菩薩の名を聞き、またはその身を見て、心に留めて忘れないでいたならば、よくその様々な人生における苦しみを消し去るだろう。
(05) たとえ或る誰かが悪意をもって、自分を害そうと思い、火の燃えさかる穴に突き落としたとしても、かの観世音菩薩の力を心に念じれば、火の穴はたちまちに池と変わるだろう。
(06) あるいは大洋に漂流してしまい、龍や魚・諸々の怪物に襲われることがあっても、かの観世音菩薩の力を心に念じれば、海中に沈んで海の藻屑となることは決してない。
(07) あるいは須弥山(のような高い場所)の上にいて、誰かが(自分を殺そうと)突き落としたとしても、かの観世音菩薩の力を心に念じれば、太陽が空に浮かぶように、空中に留まるだろう。
(08) あるいは悪人に追い立てられて、金剛山から落とされたとしても、かの観世音菩薩の力を心に念じれば、一本の毛髪さえも傷つけられることはない。
(09) あるいは自分を恨む賊の集団に取り囲まれ、それぞれが刀を手にとって危害を加えようとしても、かの観世音菩薩の力を心に念じれば、彼らは皆たちまち慈しみの心を起こすだろう。
(10) あるいは悪政に虐げられる苦しみにあい、死刑を宣告されてまさに刑が処せられようとするとき、かの観世音菩薩の力を心に念じれば、振り下ろされる刀はバラバラに砕け散るだろう。
(11) あるいは囚われて縄や鎖で拘束され、手足に手かせや足かせをはめられても、かの観世音菩薩の力を心に念じれば、たちまちにそれらの拘束から逃れることができるだろう。
(12) 何者かが呪いやまじない・様々な毒薬によって、自分の身体を滅ぼそうとしたとしても、かの観世音菩薩の力を心に念じれば、それらは、それを用いた何者かのもとに還っていくだろう。
(13) あるいは悪しき低級な神々や、毒龍・阿修羅や鬼神に遭遇してしまったとしても、かの観世音菩薩の力を心に念じれば、彼らは皆、自分を害しようとすることは無いだろう。
(14) もし恐ろしい獣が自分を取り囲み、それらが鋭い牙や恐るべき爪を持っていたとしても、かの観世音菩薩の力を心に念じれば、たちまちにどこか遠くへ走り去ってしまうだろう。
(15) イモリやヘビまたはマムシやサソリに遇って、口から毒の息や炎を吐きだしたとしても、かの観世音菩薩の力を心に念じれば、おとなしくなって何処かに行ってしまうだろう。
(16) 雲から雷が鳴り響き稲妻が落ちて、雹を降らせまた大雨が降りそそいでも、かの観世音菩薩の力を心に念じれば、その瞬間に静まってしまうだろう。
(17) 生きとし生けるものが困難や災いにあって、大変な苦しみに打ちひしがれるのを、観世音菩薩の勝れた智慧の力は(たちまちに察知して)、よく世間のあらゆる存在の苦しみを救済される。
(18) (聖者が備える六種の)神通力を具えて、広大な智慧と(智慧に基づいた)方便を設けて、ありとあらゆる国・場所・地域に、一箇所としてその姿を現さないということはない。
(19) 様々な苦しみを受ける三つの好ましくない境涯、いわゆる地獄と餓鬼、畜生の世界や、(生命ある者に等しく訪れる)生・老・病・死の苦しみすらも、(観世音菩薩の方便によって)次第にすべて消え去るだろう。
(20) (観世音菩薩は)真実を見通す眼とすべてを平等に視る眼と、広くそして偉大なる智慧の眼と、憐れみ深き眼と慈しみの眼(を持っている)。(観世音菩薩を)常に願い、常に仰ぎ見なさい。
(21) (観世音菩薩には)汚れなき清らかな輝きがあって、その智慧の光は様々な(迷いの)闇を照らし、よく災いである(怒り貪り愚かさなど煩悩の)風や火を鎮め、もれなくそして明らかに世間を照らし出すだろう。
(22) 憐れみの拠り所である戒めは雷のように震え、慈しみの心は美しい大きな雲のようである。甘露に喩えられるような仏の教えの雨を降らして、(人の)煩悩の炎を消し去る。
(23) 訴訟が起こって法廷などに持ち込まれ、恐るべき争いの渦中にあっても、かの観世音菩薩の力を心に念じれば、争う人々は皆たちまちに争いを止めて去るだろう。
(24) 優れて美しい音・世界を見透す音、梵天の音・海の岸辺に寄せる波の音など、観世音菩薩は世間のあらゆる音よりも勝れている。だからこそ(観世音菩薩を)常に念じるべきである。
(25) ゆめゆめ(観世音菩薩に)疑いを持つことがないように。観世音菩薩のその清らかさ尊さは、(人が遭遇する)苦悩や死の災いなどにおいて、(それらから救済される)確かな拠り所となるのである。
(26) (観世音菩薩は)全ての心の善い性質を備え、慈しみの眼差しで生きとし生けるものを見守っている。(観世音菩薩が)福徳を備えていること海の様に無量である。だからこそ(観世音菩薩を信じ)礼拝しなさい」。

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2.『観音経』 読み下し文

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