真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

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‡ Saraṇataya [三帰依]

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Vandanā |  Saraṇataya |  Pañca sīla |  Aṭṭhaṅga sīla
Buddha guṇā |  Dhamma guṇā |  Saṅgha guṇā
Paritta Parikamma |  Maṅgala sutta  |  Ratana sutta |  Metta sutta |  Khandha sutta
Mora sutta |  Vaṭṭa sutta |  Dhajagga sutta |  Āṭānāṭiya sutta |  Aṅgulimāla sutta
Bojjhaṅga sutta |  Pubbaṇha sutta
Anekajāti gāthā |  Paṭiccasamuppāda |  Udāna gāthā |  Paccayuddesa
Dhammakāya gāthā |  Metta bhāvanā |  Asubha bhāvanā |  Patthanā
Himavanta gāthā |  Lakkhaṇattayaṃ |  Ovāda |  Patti dāna |  Ratanattaya pūjā

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1.Saraṇataya

三帰依

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パーリ語原文
Buddhaṃ saraṇaṃ gacchāmi
Dhammaṃ saraṇaṃ gacchāmi
Saṅghaṃ saraṇaṃ gacchāmi
Dutiyampi buddhaṃ saraṇaṃ gacchāmi
Dutiyampi dhammaṃ saraṇaṃ gacchāmi
Dutiyampi saṅghaṃ saraṇaṃ gacchāmi
Tatiyampi buddhaṃ saraṇaṃ gacchāmi
Tatiyampi dhammaṃ saraṇaṃ gacchāmi
Tatiyampi saṅghaṃ saraṇaṃ gacchāmi

カナ読み
ブッダン サラナン ガッチャーミ
ダンマン サラナン ガッチャーミ
サンガン サラナン ガッチャーミ
ドゥティヤムピ ブッダン サラナン ガッチャーミ
ドゥティヤムピ ダンマン サラナン ガッチャーミ
ドゥティヤムピ サンガン サラナン ガッチャーミ
タティヤムピ ブッダン サラナン ガッチャーミ
タティヤムピ ダンマン サラナン ガッチャーミ
タティヤムピ サンガン サラナン ガッチャーミ

日本語訳
私は、仏陀(ブッダ)に帰依します。
私は、法(ダンマ)に帰依します。
私は、僧伽(サンガ)に帰依します。
二度(にたび)、私は、仏陀(ブッダ)に帰依します。
二度(にたび)、私は、法(ダンマ)に帰依します。
二度(にたび)、私は、僧伽(サンガ)に帰依します。
三度(みたび)、私は、仏陀(ブッダ)に帰依します。
三度(みたび)、私は、法(ダンマ)に帰依します。
三度(みたび)、私は、僧伽(サンガ)に帰依します。

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2.解題

仏教徒として必須の

Saraṇataya[サラナタヤ]とは、「三つへの帰依」の意、つまり三宝へ帰依することを表明する文言である三帰依文[さんきえもん]です。これをまた、Tisaraṇa gamana[ティサラナ ガマナ]とも言います。

三宝とは、仏陀と、仏陀の教え(法)と、仏陀の教えに従って出家した比丘・比丘尼の集い(僧伽)との三つで、それらが仏教徒にとって、この世における掛け替えのない尊いもの、この世でもっとも価値あるものである、ということから、「宝」といいます。支那以来、日本でも、これら三つをつづめて「仏・法・僧の三宝」と言い習わしています。

(関連コンテンツ→”仏教徒とは何か-七衆-”)

三帰依文は、その信奉する教えが大乗であれ小乗であれ、いかなる宗門宗派に属していようが、誰であれ仏教徒であるならば必ず唱える文言です。人が仏教徒になることを決意した時、この意味を理解した上で、仏前あるいは僧侶の前にて唱えれば、その人は晴れて仏教徒となります。三帰依をせずして仏教徒になることは不可能です。

たとえ伝統・新興を問わず仏教系宗教団体の信者や会員などとして登録していたとしても、どこかの檀家寺の檀家であったとしても、それだけでは仏教徒となったことにはならず、また仏教徒としては認められません。また最近は、洋の東西を問わず、仏陀なぞ偶像崇拝であるから礼拝しない、僧侶も胡散臭いから尊敬しない、ただ自分が理解出来る範囲の「カガクテキな」法をこそ尊んで帰依するのだという、ゴーリテキな自称仏教徒があるようです。

しかし、自らが仏教徒となりたいのであれば、必ずこの三帰依をしなければなりません。そしてそれは、ただ形式的にではなく心からしなければ意味はありません。また、この三帰依をした上で、正式な僧侶(比丘[びく])から五戒あるいは八齋戒、十善戒などを受け、これを可能な限り保つ生活を送ることが理想的です。これによって人は、「良い仏教徒」となるでしょう。

(関連コンテンツ→”戒とは何か”)

すでに仏教徒である人も、日々に三帰依文を唱え、三宝への信仰を新たにします。故に、三帰依文は、これは僧侶も同様ですが、仏教徒である以上は必須のものです。

諸言語によって伝わり、唱えられる三帰依文

ここでは上座部(パーリ語)常用経典を紹介しているので、当然ながら上に挙げた三帰依文もパーリ語によるものです。しかし、三帰依は、それが漢語やチベット語であっても、三宝に対して信仰を表明する文言でありすれば良いものです。よって、いずれかの言語に拘泥する必要はありません。

といっても、人が属するその文化圏において伝統的に用いられてきたものがあるならば、わざわざ自己流のものを創作したり、敢えて異なる文化圏のものを用いたりせず(それらは往々にして滑稽な、珍妙で不自然なものとなってしまうため)、歴史的・文化的にそぐう、それら伝統的なものに従って唱えれば良いでしょう。

蛇足ながら、一昔前の日本では、「南無三」という言葉を、危急の時に口にする人が少なからずあったようです。南無三とは、三帰依文を簡略化したものといえる「南無三宝」のさらに略ですが、人が何か危急の時、危難の迫る時に、あらためて三宝に帰依して、何とかその危機を回避しよう、と用いられた言葉です。しかし、今はこのような言葉を口にする人も絶えてしまったようです。(あるいは、人が捨て鉢な行動に出る時にも用いられたようです。)

以下、参考までに、世界各地で用いられてきた、あるいは用いられている諸言語による、伝統的な三帰依文を挙げておきます。また、最近は英語で三帰依を行う、一部の白人仏教徒もありますので、一応ながら英文の三帰依文も併せて挙げます。これらはどれであっても、必ず三返唱えることがインド以来の仏教の伝統であり、習わしです。

(関連コンテンツ→”三帰・三竟”)

漢語 三帰依文 (1)
弟子某甲[でしむこう]
盡未来際[じんみらいさい](尽形寿盡[じんぎょうじゅじん])
帰依仏[きえぶつ]
帰依法[きえほう]
帰依僧[きえそう]
漢語 三帰依文 (2)
帰依仏 両足尊
[きえぶつ りょうそくそん]
帰依法 離欲尊
[きえほう りよくそん]
帰依僧 衆中尊
[きえそう しゅちゅうそん]
漢語 三帰依文 (3) 〈誓願を併せたもの。『華厳経』に基づく〉
自帰依仏 当願衆生 体解大道 発無上心
[じきえぶ とうがんしゅじょう たいげたいどう ほつむじょうい]
自帰依法 当願衆生 深入経蔵 智慧如海
[じきえほう とうがんしゅじょう じんにゅきょうぞう ちえにょかい]
自帰依僧 当願衆生 統理大衆 一切無礙
[じきえそう とうがんしゅじょう とうりだいしゅ いっさいむげ]
梵語 三帰依文
Buddhaṃ śaraṇaṃ gacchāmi
[ブッダン シャラナン ガッチャーミ]
Dharmaṃ śaraṇaṃ gacchāmi
[ダルマン シャラナン ガッチャーミ]
Saṃghaṃ śaraṇaṃ gacchāmi
[サンガン シャラナン ガッチャーミ]
西蔵語 三帰依文(四帰依文)
Bla-ma la kyabs-su-mch'iho
[ラマ ラ キャプスーチォ]
Sans rgyas la kyabs-su-mch'iho
[センギェー ラ キャプスーチォ]
Chos la kyabs-su-mch'iho
[チュー ラ キャプスーチォ]
Dge-'dun la kyabs-su-mch'iho
[ゲンドゥン ラ キャプスーチォ]
英語 三帰依文 (1)
I take refuge in the Buddha.
I take refuge in the Dharma.
I take refuge in the Sangha.
英語 三帰依文 (2)
I go for refuge in the Buddha.
I go for refuge in the Dharma.
I go for refuge in the Sangha.

貧道覺應 拝識
(horakuji@gmail.com)

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