真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

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‡ Ratana sutta [宝経]

序説パリッタと儀礼 |  凡例発音について
Vandanā |  Saraṇataya |  Pañca sīla |  Aṭṭhaṅga sīla
Buddha guṇā |  Dhamma guṇā |  Saṅgha guṇā
Paritta Parikamma |  Maṅgala sutta  |  Ratana sutta |  Metta sutta |  Khandha sutta
Mora sutta |  Vaṭṭa sutta |  Dhajagga sutta |  Āṭānāṭiya sutta |  Aṅgulimāla sutta
Bojjhaṅga sutta |  Pubbaṇha sutta
Anekajāti gāthā |  Paṭiccasamuppāda |  Udāna gāthā |  Paccayuddesa
Dhammakāya gāthā |  Metta bhāvanā |  Asubha bhāvanā |  Patthanā
Himavanta gāthā |  Lakkhaṇattayaṃ |  Ovāda |  Patti dāna |  Ratanattaya pūjā

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1.Ratana sutta

宝経

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パーリ語原文
a. [ R-a. / J-a. ]
Paṇidhānato paṭṭhāya Tathāgatassa dasa pāramiyo
dasa upapāramiyo dasa paramatthapāramiyo'ti samattiṃsa
pāramiyo. pañca mahāpariccāge, lokkatthacariyaṃ
ñātatthacariyaṃ Buddhatthacariyan'ti tisso cariyāyo,
pacchimabhave gabbhavokkatiṃ, jātiṃ, abhinikkamanaṃ,
padhānacariyaṃ, Bodhipallaṅke Mārayijayaṃ,
sabbaññutaññāṇappativedhaṃ, Dhammacakkappavattanaṃ,
nava lokuttaradhammeti sabbe pime Buddhaguṇe āvajjettvā
Vesāliyā tīsu pākārantaresu tiyāma-rattiṃ Parittaṃ karonto
Āyasmā Ānandatthero viya kāruññacittaṃ upaṭṭhapetvā.

b. [ R-b. / J-b. ]
Koṭīsatasahassesu,
Cakkavāḷesu devatā.
Yassānaṃ paṭiggaṇhanti,
Yañca Vesāliyā pure.

c. [ R-c. / J-c. ]
Rogāmanussa-dubbhikkha-
Sambhūtaṃ tividhaṃ bhayaṃ,
Khippam'antaradhāpesi,
Parittaṃ taṃ bhaṇāma he.

1. [ R-1. / J-1. ]
Yānīdha bhūtāni samāgatāni,
Bhummāni vā yāni va antalikkhe.
Sabbeva bhūtā sumanā bhavantu,
Athopi sakkacca suṇantu bhāsitaṃ.

2. [ R-2. / J-2. ]
Tasmā hi bhūtā nisāmetha sabbe,
Mettaṃ karotha mānusiyā pajāya.
Divā ca ratto ca haranti ye baliṃ,
Tasmā hi ne rakkhatha appamattā.

3. [ R-3. / J-3. ]
Yaṃ kiñci vittaṃ idha vā huraṃ vā,
Saggesu vā yaṃ ratanaṃ paṇītaṃ.
Na no samaṃ atthi tathāgatena,
Idampi buddhe ratanaṃ paṇītaṃ.
Etena saccena suvatthi hotu.

4. [ R-4. / J-4. ]
Khayaṃ virāgaṃ amataṃ paṇītaṃ,
Yadajjhagā sakyamunī samāhito.
Na tena dhammena samatthi kiñci,
Idampi dhamme ratanaṃ paṇītaṃ.
Etena saccena suvatthi hotu.

5. [ R-5. / J-5. ]
Yaṃ buddhaseṭṭho parivaṇṇayī suciṃ,
Samādhimānantarikaññamāhu.
Samādhinā tena samo na vijjati,
Idampi dhamme ratanaṃ paṇītaṃ.
Etena saccena suvatthi hotu.

6. [ R-6. / J-6. ]
Ye puggalā aṭṭha sataṃ pasatthā,
Cattāri etāni yugāni honti.
Te dakkhiṇeyyā sugatassa sāvakā,
Etesu dinnāni mahapphalāni.
Idampi saṅghe ratanaṃ paṇītaṃ,
Etena saccena suvatthi hotu.

7. [ R-7. / J-7. ]
Ye suppayuttā manasā daḷhena,
Nikkāmino gotamasāsanamhi.
Te pattipattā amataṃ vigayha,
Laddhā mudhā nibbutiṃ bhuñjamānā.
Idampi saṅghe ratanaṃ paṇītaṃ,
Etena saccena suvatthi hotu.

8. [ R-8. / J-8. ]
Yathindakhīlo pathavissito siyā,
Catubbhi vātehi asampakampiyo.
Tathūpamaṃ sappurisaṃ vadāmi,
Yo ariyasaccāni avecca passati.
Idampi saṅghe ratanaṃ paṇītaṃ,
Etena saccena suvatthi hotu.

9. [ R-9. / J-9. ]
Ye ariyasaccāni vibhāvayanti,
Gambhīrapaññena sudesitāni.
Kiñcāpi te honti Bhusaṃ pamattā,
Na te bhavaṃ aṭṭhamamādiyanti.
Idampi saṅghe ratanaṃ paṇītaṃ,
Etena saccena suvatthi hotu.

10. [ R-10. / J-10. ]
Sahāvassa dassanasampadāya,
Tayassu dhammā jahitā bhavanti.
Sakkāyadiṭṭhī vicikicchitañca,
Sīlabbataṃ vāpi yadatthi kiñci.

11. [ R-11. / J-11. ]
Catūhapāyehi ca vippamutto,
Chaccābhiṭhānāni abhabba kātuṃ.
Idampi saṅghe ratanaṃ paṇītaṃ,
Etena saccena suvatthi hotu.

12. [ R-12. / J-12. ]
Kiñcāpi so kamma karoti pāpakaṃ,
Kāyena vācā uda cetasā vā.
Abhabba so tassa paṭicchadāya,
Abhabbatā diṭṭhapadassa vuttā.
Idampi saṅghe ratanaṃ paṇītaṃ,
Etena saccena suvatthi hotu.

13. [ R-13. / J-13. ]
Vanappagumbe yatha phussitagge,
Gimhānamāse paṭhamasmiṃ gimhe.
Tathūpamaṃ dhammavaraṃ adesayi,
Nibbānagāmiṃ paramaṃ hitāya.
Idampi buddhe ratanaṃ paṇītaṃ,
Etena saccena suvatthi hotu.

14. [ R-14 / J-14. ]
Varo varaññū varado varāharo,
Anuttaro dhammavaraṃ adesayi.
Idampi buddhe ratanaṃ paṇītaṃ,
Etena saccena suvatthi hotu.

15. [ R-15 / J-15. ]
Khīṇaṃ purāṇaṃ nava natthi sambhavaṃ,
Virattacittāyatike bhavasmiṃ.
Te khīṇabījā avirūḷhichandā,
Nibbanti dhīrā yathāyaṃ padīpo.
Idampi saṅghe ratanaṃ paṇītaṃ,
Etena saccena suvatthi hotu.

16. [ R-16. / J-16. ]
Yānīdha bhūtāni samāgatāni,
Bhummāni vā yāni va antalikkhe.
Tathāgataṃ devamanussapūjitaṃ,
Buddhaṃ namassāma suvatthi hotu.

17. [ R-17. / J-17. ]
Yānīdha bhūtāni samāgatāni,
Bhummāni vā yāni va antalikkhe.
Tathāgataṃ devamanussapūjitaṃ,
Dhammaṃ namassāma suvatthi hotu.

18. [ R-18. / J-18. ]
Yānīdha bhūtāni samāgatāni,
Bhummāni vā yāni va antalikkhe.
Tathāgataṃ devamanussapūjitaṃ,
Saṅghaṃ namassāma suvatthi hotūti.
Ratanasuttaṃ

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カナ読み
a. [ P-a. / J-a. ]
パニダーナトー パッターヤ タターガタッサ ダサ パーラミヨー ダサ ウパパーラミヨー ダサ パラマッタパーラミヨー’ティ  サマッティムサ パーラミヨー.パンチャ マハーパリッチャーゲー, ロカッタヴァリヤム ニャータッタチャリヤム ブッダッタチャリヤン’ティ  ティッソー チャリヤーヨー,パッチマバヴェー ガッバヴォッカティム,ジャーティム,アビニッカマナム,パダーナチャリヤム,ボーディパッランケー  マーライジャヤム,サッバンニュタンニャーナッパティヴェーダム,ダンマチャッカパヴァッタナム,ナワ ロークッタラダンメーティ  サッベー ピメー ブッダグネー アーヴァジェットヴァー ヴェーサーリヤー ティース パーカーランタレース ティヤーマラッティム  パリッタム カラントー アーヤスマー アーナンダッテーロー ウィヤ カールンニャチッタム ウパッタペートワー.
b. [ P-b. / J-b. ]
コーティーサタサハッセース,
チャッカワーレース デーヴァター.
ヤッサーナム パティッガンハンティ,
ヤンチャ ヴェーサーリヤー プレー.
c. [ P-c. / J-c. ]
ローガーマヌッサ ドゥッビッカ
サムブータム ティヴィダム バヤム,
キッパマンタラダーペーシ,
パリッタム タム バナーマ ヘー.
1. [ P-1. / J-1. ]
ヤーニーダ ブーターニ サマーガターニ,
ブンマーニ ワー ヤー二 ワ アンタリッケー.
サッベーワ ブーター スマナー バヴァントゥ,
アトーピ サッカッチャ スナントゥ バーシタム.
2. [ P-2. / J-2. ]
タスマー ヒ ブーター ニサーメータ サッベー,
メッタム カロータ マーヌシヤー パジャーヤ.
ディヴァー チャ ラット- チャ ハランティ イェー バリム,
タスマー ヒ ネー ラッカンタ アッパマッター.
3. [ P-3. / J-3. ]
ヤム キンチ ウィッタム イダ ヴァー フラム ヴァー,
サッゲース ヴァー ヤム ラタナム パニータム.
ナ ノ サマム アティ タターガテーナ,
イダムピ ドゥッベー ラタナム パニータム.
エーテーナ サッチェーナ スヴァッティ ホートゥ.
4. [ P-4. / J-4. ]
カヤム ヴィラーガム アマタム パニータム.
ヤダッジャガー サキャムニー サマーヒトー.
ナ テーナ ダンメーナ サマッティ キンチ,
イダムピ ダンメー ラタナム パニータム.
エーテーナ サッチェーナ スヴァッティ ホートゥ.
5. [ P-5. / J-5. ]
ヤム ブッダセットー パリヴァンナイー スチム,
サマーディマーナンタリカンニャマーフ.
サマーディナー テーナ サモー ナ ヴィッジャティ,
イダムピ ダンメー ラタナム パニータム.
エーテーナ サッチェーナ スヴァッティ ホートゥ.
6. [ P-6. / J-6. ]
イェー プッガラー アッタ サタム パサッター,
チャッターリ エーターニ ユガーニ ホーンティ.
テー ダッキネッヤー スガタッサ サーヴァカー,
エーテース ディンナーニ マハッパラーニ.
イダムピ サンゲー ラタナム パニータム,
エーテーナ サッチェーナ スヴァッティ ホートゥ.
7. [ P-7. / J-7. ]
イェー スッパユッター マナサー ダレーナ,
ニッカーミノー ゴータマサーサナムヒ.
テー パッティパッター アマタム ヴィガイハ,
ラダー ムダー ニッブティム ブンジャマーナー.
イダムピ サンゲー ラタナム パニータム,
エーテーナ サッチェーナ スヴァッティ ホートゥ.
8. [ P-8. / J-8. ]
ヤティンダキーロー パタヴィッシトー シヤー,
チャットゥッビ ヴァーテーヒ アサムパカムピヨー.
タトゥーパマム ヴァーテーヒ サップリサム ヴァダーミ,
ヨー アリヤサッチャーニ アヴェッチャ パッサティ.
イダムピ サンゲー タラタム パニータム,
エーテーナ サッチェーナ スヴァッティ ホートゥ.
9. [ P-9. / J-9. ]
イェー アリヤサッチャーニ ヴィバーヴァヤンティ,
ガムビーラパンニェーナ スデーシターニ.
キンチャーピ テー ホーンティ ブサム パマッター,
ナ テー バヴァム アッタママーディヤンティ.
イダムピ サンゲー ラタナム パニータム,
エーテーナ サッチェーナ スヴァッティ ホートゥ.
10. [ P-10. / J-10. ]
サハーヴァッサ ダッサナサムパダーヤ,
タヤッス ダンマー ジャヒター バヴァンティ.
サッカーヤディッティー ヴィチキッチタンチャ,
シーラッバタム ヴァーピ ヤダッティ キンチ.
11. [ P-11. / J-11. ]
チャットゥーハパーイェーヒ チャ ヴィッパムットー,
チャッチャービターナーニ アバッバ カートゥム.
イダムピ サンゲー ラタナム パニータム,
エーテーナ サッチェーナ スヴァッティ ホートゥ.
12. [ P-12. / J-12. ]
キンチャーピ ソー カンマ カローティ パーパカム,
カーイェーナ ヴァーチャー ウダ チェータサー ヴァー.
アバッバ ソー タッサ パティッチャダーヤ,
アバッバター ディッタパダッサ ヴッター.
イダムピ サンゲー ラタナム パニータム,
エーテーナ サッチェーナ スヴァッティ ホートゥ.
13. [ P-13. / J-13. ]
ヴァナッパグムヘー ヤタ プッシタッゲー,
ギムハーナマーセー パタマスミム ギムヘー.
タトゥーパマム ダンマヴァラム アデーサイ,
ニッバーナガーミム パラマム ヒターヤ.
イダムピ ブッデー ラタナム パニータム,
エーテーナ サッチェーナ スヴァッティ ホートゥ.
14. [ P-14. / J-14. ]
ヴァロー ヴァランニュー ヴァラドー ヴァラーハロー,
アヌッタロー ダンマヴァラム アデーサイ.
イダムピ ブッデー ラタナム パニータム,
エーテーナ サッチェーナ スヴァッティ ホートゥ.
15. [ P-15. / J-15. ]
キーナム プラーナム ナヴァ ナッティ サムバヴァム,
ヴィラッタチッターヤティケー バヴァスミム.
テー キーナビージャー アヴィルーリチャンダー,
ニッバンティ サンゲー ラタナム パニータム,
エーテーナ サッチェーナ スヴァッティ ホートゥ.
16. [ P-16. / J-16. ]
ヤーニーダ ブーターニ サマーガターニ,
ブンマーニ ヴァー ヤーニ ヴァ アンタリッケー.
タターガタム デーヴァマヌッサプージタム,
ブッダム ナマッサーマ スヴァッティ ホートゥ.
17. [ P-17. / J-17. ]
ヤーニーダ ブーターニ サマーガターニ,
ブンマーニ ヴァー ヤーニ ヴァ アンタリッケー.
タターガタム デーヴァマヌッサプージタム,
ダンマム ナマッサーマ スヴァッティ ホートゥ.
18. [ P-18. / J-18. ]
ヤーニーダ ブーターニ サマーガターニ,
ブンマーニ ヴァー ヤーニ ヴァ アンタリッケー.
タターガタム デーヴァマヌッサプージタム,
サンガム ナマッサーマ スヴァッティ ホートゥーティ.
ラタナスッタム.

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日本語訳
a. [ P-a. / R-a. ]
(菩薩が成仏することを)誓願して以来、如来の十波羅蜜・十小波羅蜜・十最勝波羅蜜という三十波羅蜜、五種の偉大なる放棄、世間の善行・親族のための善行・成仏のための善行という三つの善行、最後生における受胎・誕生・出家・修行・菩提(樹下)の結跏趺坐におけるマーラ(魔羅)との勝利・一切智の成就・転法輪・九つの出世間法という、一切のこれら仏陀の徳を観察し、ヴェーサリーを取り巻く三重の城壁の間にて、パリッタを終夜読誦された尊者アーナンダ長老のように悲心(憐れみの心)を起こし、
b.-c. [ P-b. / R-b. ]
一兆(1,000,000,000,000)の世界の神々が認め、先のヴェーサリーにて病気・悪鬼・飢饉より起こった三種の恐怖を速やかに消滅させた、かの護経を、さあ(友らよ)、誦えよう。
1. [ P-1. / R-1. ]
ここに集った生けるものは誰であれ、地上のものでも、空中のものでも、すべてのものに喜びあれ。そしてまた、心して我が言葉を聞け。
2. [ P-2. / R-2. ]
それ故に、すべての神々よ、聴け。人々に慈しみを垂れよ。(人々は汝らに)昼夜に供物を捧げる。それ故に、怠ることなく守護せよ。
3. [ P-3. / R-3. ]
この世界や別の世界におけるどのような富であっても、また天界における勝れた宝であっても、如来に等しいものなど何一つとして存在しない。この勝れた宝は、仏陀において存する。この真理によって幸いであれ。
4. [ P-4. / R-4. ]
心を統一された釈迦牟尼が獲得された、(煩悩の)滅尽・離欲・不死・妙勝(なる涅槃)に等しい法は何も存在しない。この勝れた宝は法において存する。この真理によって幸いであれ。
5. [ P-5. / R-5. ]
最も勝れた仏陀が讃歎された清浄なる三摩地は、「ただちに証果をもたらすもの」と言われる。この三摩地に等しいものは何も存在しない。この勝れた宝は法において存する。この真理によって幸いであれ。
6. [ P-6. / R-6. ]
善人が讃える八輩の者は、これら四双の者である。彼らは、善逝の声聞(弟子)であり、供養を受けるに値する。この(彼らへの)施与は、偉大な果報をもたらす。この勝れた宝は僧伽において存する。この真理によって幸いであれ。
7. [ P-7. / R-7. ]
瞿曇(ゴータマ)の教えに依って、堅固な心でもって努力し、愛欲がなく、証すべき境地を証し、不死に達し、代償無くして得て、平安を享受する。この勝れた宝は僧伽において存する。この真理によって幸いであれ。
8. [ P-8. / R-8. ]
あたかも、城門の外にて大地よりそびえ立つ柱が、四方からの風によっても微動だにしないように、聖なる真理を確かに見た善人も(煩悩によって動揺することが無く)同様である、と私は宣言する。この勝れた宝は僧伽において存する。この真理によって幸いであれ。
9. [ P-9. / R-9. ]
(仏陀が)深い智恵によって善く説かれた、聖なる真理を明らかに知った者(である預流果[よるか]の聖者)は、たとえ大いに放逸に陥ることがあったとしても、第八の生を受けることがない。この勝れた宝は僧伽において存する。この真理によって幸いであれ。
10. [ P-10. / R-10. ]
(「自己」は実在するものと見なす見解である)有身見[うしんけん]と(三宝や修行、輪廻、縁起法などへの)疑と(牛や犬などと同様の生活を送ることが解脱の因であるとする誤った戒観・修行法である)戒禁取という三つのことがらは、彼が(正しい)見解を成就するとともに捨て去られる。その他(の煩悩)もまた然り。
11. [ P-11. / R-11. ]
彼は(地獄・餓鬼・畜生・阿修羅という四つの苦しみ多大なる境涯である)四悪趣から離れ、六つの重罪を犯し得ない。この勝れた宝は僧伽において存する。この真理によって幸いであれ。
12. [ P-12. / R-12. ]
たとえ、彼が身体によって、言葉によって、あるいは心によって、何か悪業をなしたとしても、彼はそれを隠すことが出来ない。涅槃を見たものは隠し得ないと(仏陀は)説かれた。この勝れた宝は僧伽において存する。この真理によって幸いであれ。
13. [ P-13. / R-13. ]
夏の始めの月の暑さの中、森の茂みでは、梢に花が咲くように、涅槃へ趣く妙なる法を、最上の利益のために、(仏陀は)説かれた。この勝れた宝は仏陀において存する。この真理によって幸いであれ。
14. [ P-14. / R-14. ]
勝れて尊く、勝れたものを知り、勝れた法を与え、勝れた法をもたらす、無上の人(仏陀)は、妙なる法を説かれた。この勝れた宝は仏陀において存する。この真理によって幸いであれ。
15. [ P-15. / R-15. ]
古いものはすでに尽き果て、新しく生じることもない。未来の生存に心が執着することもない。再生をもたらす種子を滅ぼし、それが成長することを欲しない、彼ら賢者は、あたかも灯火のように消滅する。この勝れた宝は僧伽において存する。この真理によって幸いであれ。
16. [ P-16. / R-16. ]
ここに集ったものは誰であれ、地上の神々や空中の神々でも、神々や人々とが敬う、このように成就した仏陀を、我らは礼拝しよう。幸いであれ。
17. [ P-17. / R-17. ]
ここに集ったものは誰であれ、地上の神々や空中の神々でも、神々や人々とが敬う、このように成就した法を、我らは礼拝しよう。幸いであれ。
18. [ P-18. / R-18. ]
ここに集ったものは誰であれ、地上の神々や空中の神々でも、神々や人々とが敬う、このように成就した僧伽を、我らは礼拝しよう。幸いであれ。

日本語訳:沙門 覺應

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2.解題

この世における勝れた宝

Ratana sutta[ラタナ・スッタ]とは、漢語訳すれば「宝経」で、文字通り「宝」についての教えが説かれた経です。その宝とは、ブッダ(仏)とダンマ(法)とサンガ(僧)の、いわゆる三宝です。その内容は、ブッダを筆頭とする三宝の徳を挙げ、それらはこの世における勝れた宝であり、それがまさしく真理であることを宣言したものです。

ラタナ・スッタは、18の偈頌からなる小経で、Khuddakanikāya[クッダカニカーヤ](小部ニカーヤ)のkhuddakapāṭha[クッダカパータ]に、第五章のMaṅgala sutta[マンガラ・スッタ]に続く第6章としてそのまま収められ、また同じくKhuddakanikāya所収のSuttanipāta[スッタニパータ]にも、第2章第1経として収められています。

ラタナ・スッタは、マンガラ・スッタ、メッタ・スッタと共に、上座部が信仰される国々で最も唱えられることが多いパリッタです。特にラタナ・スッタは、Dhajjagga sutta[ダッジャッガ・スッタ](幢経)と同様に、人が何か病気となった時、その治病回復を期待して自ら、あるいは僧侶に依頼して唱えられることが多くあるパリッタです。

真実語

なぜ治病を期待してラタナ・スッタが唱えられるのか。

まずそれは、ニダーナ(序)にて述べられているように、ヴェーサリー(毘沙離)にて病気・悪鬼・飢饉という恐ろしい災いが重ねて起こったとき、アーナンダ尊者が、このラトナ・スッタを慈心とともに唱えたことによって、それら災いが去ったという伝承に基づきます。

また、そもそもインド以来、仏教では、徹底して真理・真実である言葉には、何事かを実現する不可思議な力が宿る、とします。ここでは、ブッダを筆頭とする三宝が、この世における最も優れたものであるということが真実であり、この言葉が真実であるからが故に、これを(まさしく真実であると知って)唱える者に幸いが実現されるとされるために、病気治療・回復を期待して、ラタナ・スッタなどが唱えられます。

もっとも、ラトナ・スッタがただ治病目的のみで唱えられるということはありません。ラトナ・スッタは、先に述べたように、仏法僧の三宝が、この世における勝れた宝であり、それは神々も等しく認めたことであって、敬い尊ぶべきものであることを説いたものです。そしてまた、慈しみをもって他者に幸いあることを願う経です。

ラタナ・スッタを唱える時は、仏法僧の三宝に対して深く帰依の心をあらためて起こし、そしてまた生きとし生けるもの、自身とその家族・親族・友人ひいては自分の嫌いな者をも含めて、幸いのあることを願って唱えると良いでしょう。

満足は最上の宝 -「小欲知足」と「大欲」-

宝と言うことについて、余談を一つ。

パーリ仏典の中には、Dhammapada[ダンマパダ]という経典があります。日本でも、戦後の仏教学者による努力によって、比較的世に知られるようになったものです。いくつか、『法句経』や『出曜経』など漢訳のものも伝わっています。

Ārogyaparamā lābhā, santuṭṭhiparamaṃ dhanaṃ;
Vissāsaparamā ñāti, nibbānaṃ paramaṃ sukhaṃ.

健康は最上の利益であり、満足は最上の財宝である。
信頼は最上の親族であり、涅槃は最上の安楽である。

Dhammapada 203, Sukhavaggo, Kuddhakanikaya
[日本語訳:沙門 覺應]

健康を求め、実現する。満足することを求め、満足するものを生み出す。信頼を得ることを価値あることと認め、人の信頼を裏切らないように努める。そして、仏陀が最上の安楽であるとされた、涅槃を得んとして修行する。これらは全て、欲に基づくものです。

しかし、「欲を持つことはなんでもかんでも怪しからん」などと、仏教が否定することなどありません。

上に挙げたように、仏陀は、最上の財宝と「満足」であるとされています。どんなものでも自分が持つもの、得たもので満足することであると、仏陀は説かれました。求めるところは少なく、なんであれ今自分が得たもので満足すること。これを「小欲知足」と言い、特に仏教の出家修行者に奨励され、修行者達によって実現されるべき態度です。

(ここで宝とした原語は、Ratana[ラタナ]ではなくDhana[ダナ]で、宝や財宝と言うよりむしろ財産・富と訳すべき言葉ではあります。)

在家の人であれば、飽くなき欲望に自らを任せず、たとえある程度の財をなしていたとしても、自らの生活を質素にすること。あるいは、それぞれ「自分の身の程を知って」、奢侈[しゃし]に流れず、その分に応じた生活をする。日本人は昔、もともと資源の少ない国であったせいもあってか、為政者から庶民にまで通じて、清貧を尊ぶ精神的土壌があり、このような生活を実現していた人々が多かったようです。

現代の日本人は、その生活を節しさえすれば、健康を得やすい環境にあります。いや、実際に世界一の長寿国となっています。あらゆる人間は老い、病み、必ず死ぬものです。これに例外はありません。ただ、人間いずれ必ず死ぬと言っても、しかし死ぬまで人は生きているのですから、それまで健康でいることは実に望ましいことです。

そして、日本は、アジアの中で最も信頼出来る、発展した国となっているばかりか、世界的に見ても信頼しうる国としての地位をすでに築き挙げています。これは、戦後の日本人が、信頼を得ることに価値の重きを置き、自分・他人が満足することを求めて技術開発・製品開発を進め、サービス提供を進めてきた結果でしょう。

それらはすべて不動のものではなく、常に気をつけて身を律し、努力しておかなければたちまち失ってしまうものです。しかし、今のところ、世界でも最高水準の健康を得、満足のいくモノを造り、そしてこれを得、そして信頼を築き上げている。これらは皆、そうやすやすと達成できるものではなく、すべて今までの人の努力の積み重ねの結果です。

ところが、何故かこれだけ実に恵まれていると言える環境にあっても、日本人には自分が幸福である、恵まれている、と考える人は案外少ないようで、むしろいつも不満・不安を感じている人が多いようです。

仏陀は、「涅槃」を最高の安楽、不動の安楽であるとして、追求し実現すべき究極のものとされました。そこに不安はありません。それを実現したからこそ、仏陀は仏陀であり、それを実現する道を示されたのが仏陀という宝、その道が宝、その道を歩む者、案内者が僧伽という宝です。

仏教で説きます。涅槃の境地こそが最も価値あり、真に追求し我がうちに実現するに値するものであると。ゆえに、たとえば『華厳経』など大乗では、このように言います。涅槃を求める欲はもっとも勝れた欲、偉大なる欲「大欲」であり、これをもって涅槃を求めるべきであると。

貧道覺應 拝識
(horakuji@gmail.com)

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