真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

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‡ Maṅgala sutta [吉祥経]

序説パリッタと儀礼 |  凡例発音について
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Bojjhaṅga sutta |  Pubbaṇha sutta
Anekajāti gāthā |  Paṭiccasamuppāda |  Udāna gāthā |  Paccayuddesa
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1.Maṅgala sutta

吉祥経

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パーリ原文
a. [ R-a. / J-a. ]
Yaṃ maṅgalaṃ dvādasashi,
Cintayiṃsu sadevakā,
Sotthānaṃ nādhigacchanti,
Aṭṭhattiṃsañca maṅgalaṃ

b. [ R-b. / J-b. ]
Desitaṃ Devadevena,
Sabbapāpavināsanaṃ,
Sabbalokahitatthāya,
Maṅgalaṃ taṃ bhaṇāma he.

1. [ R-1. / J-1. ]
Evaṃ me sutaṃ ekaṃ samayaṃ bhagavā sāvatthiyaṃ viharati jetavane anāthapiṇḍikassa ārāme. atha kho aññatarā devatā abhikkantāya rattiyā abhikkantavaṇṇā kevalakappaṃ jetavanaṃ obhāsetvā yena bhagavā tenupasaṅkami; upasaṅkamitvā bhagavantaṃ abhivādetvā ekamantaṃ aṭṭhāsi. ekamantaṃ ṭhitā kho sā devatā bhagavantaṃ gāthāya ajjhabhāsi
2. [ R-2. / J-2. ]
Bahū devā manussā ca,
maṅgalāni acintayuṃ.
Ākaṅkhamānā sotthānaṃ,
brūhi maṅgalamuttamaṃ.

3. [ R-3. / J-3. ]
Asevanā ca bālānaṃ,
paṇḍitānañca sevanā.
pūjā ca pūjaneyyānaṃ,
etaṃ maṅgalamuttamaṃ.

4. [ R-4. / J-4. ]
Patirūpadesavāso ca,
pubbe ca katapuññatā;
Attasammāpaṇidhi ca,
etaṃ maṅgalamuttamaṃ.

5. [ R-5. / J-5. ]
Bāhusaccañca sippañca,
vinayo ca susikkhito;
Subhāsitā ca yā vācā,
etaṃ maṅgalamuttamaṃ.

6. [ R-6. / J-6. ]
Mātāpitu uPaccayuddesaṃ,
puttadārassa saṅgaho;
Anākulā ca kammantā,
etaṃ maṅgalamuttamaṃ.

7. [ R-7. / J-7. ]
Dānañca dhammacariyā ca,
ñātakānañca saṅgaho;
Anavajjāni kammāni,
etaṃ maṅgalamuttamaṃ.

8. [ R-8. / J-8. ]
Āratī viratī pāpā,
majjapānā ca saṃyamo;
Appamādo ca dhammesu,
etaṃ maṅgalamuttamaṃ.

9. [ R-9. / J-9. ]
Gāravo ca nivāto ca,
santuṭṭhi ca kataññutā;
Kālena dhammassavanaṃ,
etaṃ maṅgalamuttamaṃ'.

10. [ R-10. / J- 10. ]
Khantī ca sovacassatā,
samaṇānañca dassanaṃ;
Kālena dhammasākacchā,
etaṃ maṅgalamuttamaṃ".

11. [ R-11. / J-11. ]
Tapo ca brahmacariyañca,
ariyasaccāna dassanaṃ;
Nibbānasacchikiriyā ca,
etaṃ maṅgalamuttamaṃ;.

12. [ R-12. / J-12. ]
Phuṭṭhassa lokadhammehi,
cittaṃ yassa na kampati;
Asokaṃ virajaṃ khemaṃ,
etaṃ maṅgalamuttamaṃ.

13. [ R-13. / J-13. ]
Etādisāni katvāna,
sabbatthamaparājitā;.
Sabbattha sotthiṃ gacchanti,
Taṃ tesaṃ maṅgalamuttamaṃ

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カナ読み
a. [ P-a. / J-a. ]
ヤム マンガラム ドワーダサヒ.
チンタイムス サデーヴァカー,
ソッターナム ナーディガッチャンティ,
アッタッティムサンチャ マンガラム
b. [ P-b. / J-b. ]
デーシタム デーヴァデーヴェーナ
サッバパーパウィナーサナム,
サッバローカヒタッターヤ,
マンガラム タム バナーマ ヘー.
1. [ P-1. / J-1. ]
エーヴァム メー スタム エーカム サマヤム バガヴァー サーヴァッティヤム ウィハラティ ジェータヴァネー アナータピンディカッサ アーラーメー.アタ コー アンニャタラー デーヴァター アビッカンターヤ ラッティヤー アビッカンタヴァンナー  ケーヴァラカッパム ジェータヴァナム オーバーセトワー イェーナ バガヴァー テーヌパサンカミ,ウパサンカミトワー バガヴァンタム アビワーデートワー エーカマンタム アッターシ.エーカマンタム ティター コー サー デーヴァター バガヴァンタム ガーターヤ アッジャバーシ
2. [ P-2. / J-2. ]
バフ- デーヴァー マヌッサー チャ,
マンガラーニ アチンタユム.
アーカンカマーナー ソッターナム,
ブルーヒ マンガラムッタマム.
3. [ P-3. / J-3. ]
アセーヴァナー チャ バーラーナム,
パンディターナンチャ セーヴァナー.
プージャー チャ プージャネッヤーナム,
エータム マンガラムッタマム.
4. [ P-4. / J-4. ]
パティルーパデーサヴァーソー チャ,
プッベー チャ カタプンニャター,
アッタサンマーパニディ チャ,
エータム マンガラムッタマム.
5. [ P-5. / J-5. ]
バーフサッチャンチャ シッパンチャ,
ヴィナヨー チャ スシッキトー,
スバーシター チャ ヤー ヴァーチャー,
エータム マンガラムッタマム.
6. [ P-6. / J-6. ]
マーターピトゥ ウパッターナム,
プッタダーラッサ サンガホー,
アナークラー チャ カンマンター,
エータム マンガラムッタマム.
7. [ P-7. / J-7. ]
ダーナンチャ ダンマチャリヤー チャ,
ニャータカーナンチャ サンガホー,
アナヴァッジャーニ カンマーニ,
エータム マンガラムッタマム.
8. [ P-8. / J-8. ]
アーラティ ヴィラティー パーパー,
マッジャパーナー チャ サムヤモー,
アッパマードー チャ ダンメース,
エータム マンガラムッタマム.
9. [ P-9. / J-9. ]
ガーラヴォー チャ ニヴァートー チャ,
サントゥッティ チャ カタンニュター,
カーレーナ ダンマッサヴァナム,
エータム マンガラムッタマム.
10. [ P-10. / J-10. ]
カンティー チャ ソーヴァチャッサター,
サマナーナンチャ ダッサナム,
カーレーナ ダンマサーカッチャー,
エータム マンガラムッタマム.
11. [ P-11. / J-11. ]
タポー チャ ブラフマチャリヤンチャ,
アリヤサッチャーナ ダッサナム,
ニッバーナサッチキリヤー チャ,
エータム マンガラムッタマム.
12. [ P-12. / J-12. ]
プッタッサ ローカダンメーヒ,
チッタム ヤッサ ナ カンパティ,
アソーカム ヴィラジャム ケーマム,
エータム マンガラムッタマム.
13. [ P-13. / J-13. ]
エーターディサーニ カトヴァーナ,
サッバッタマパラージター,
サッバッタ ソーティム ガッチャンティ,
タム テーサム マンガラムッタマム.

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日本語訳
a. [ P-a. / R-a. ]
十二年間、(人々は)神々と共に、吉祥とは何であるかを探し求めたが、幸福の因となる三十八の吉祥を、見つけることは出来なかった。
b. [ P-b. / R-b. ]
さあ、友らよ、すべての世界の利益のために、神々の中の王(仏陀)によって説かれた、一切の悪を滅ぼす吉祥を唱えよう。
1. [ P-1. / R-1. ]
このように私は聞いた。ある時、世尊は、サーヴァッティ(舎衛城)はジェータ(祇多)林にある、孤独な人々に食を施す長者の精舎(祇園精舎)に住んでおられた。その時、一人の見目麗しい神が、夜半を過ぎた頃にジェータ林をくまなく照らし、世尊のところに近づいた。近くにくると、世尊を礼拝し、その傍らに立った。そうしてその神は、偈をもって世尊に話しかけた。
2. [ P-2. / R-2. ]
「多くの神々と人々は、吉祥(幸運)を求め、幸福を望んでいます。どうか最上の吉祥をお説き下さい。」
3. [ P-3. / R-3. ]
「愚者に親しまず、賢者に親しみ、尊敬すべき人々を尊敬すること。これが最上の吉祥である。」
4. [ P-4. / R-4. ]
「適当な(ふさわしい)場所に住み、過去(前世・今世)において善い行いをなしており(功徳を積んでおり)、自ら正しい誓願を起こしていること。これが最上の吉祥である。」
5. [ P-5. / R-5. ]
「博識であり、技術を身につけており、身を制してよく整えており、その語る言葉が見事であること。これが最上の吉祥である。」
6. [ P-6. / R-6. ]
「(老いた)母と父とに仕えること、妻と子を養うこと、秩序ある仕事を行うこと。これが最上の吉祥である。」
7. [ P-7. / R-7. ]
「施しをなし、法にかなった行いをなし、親族を養うこと。そして、批難を受けない行為。これが最上の吉祥である。」
8. [ P-8. / R-8. ]
「悪をやめ、悪を離れ、飲酒をつつしみ、法において誠実であること。これが最上の吉祥である。」
9. [ P-9. / R-9. ]
「尊敬と、謙虚と、満足と、感謝と、適当な時に法を聞くこと。これが最上の吉祥である。」
10. [ P-10. / R-10. ]
「忍耐と、従順であることと、沙門(修道者)に会うこと、適当な時に法について語り合うこと。これが最上の吉祥である。」
11. [ P-11. / R-11. ]
「苦行(宗教的修養)と、梵行(清らかな行い)と、聖なる真理を観ることと、涅槃を得ることと。これが最上の吉祥である。」
12. [ P-12. / R-12. ]
「世俗の物事に触れても、その心が動揺することなく、憂いなく、汚れなく、安穏であること。これが最上の吉祥である。」
13. [ P-13. / R-13. ]
「これらのことを行えば、どのようなことにも敗れることはなく、あらゆる処で幸福を得る。これが、彼ら(神々と人々と)の最上の吉祥である。」

日本語訳:沙門 覺應

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2.解題

神々と人々における吉祥を説く経

Maṅgala sutta[マンガラ・スッタ]とは、日本語でいうならば「吉祥経」で、文字通り吉祥について説かれている経です。しばしば、頭に「偉大な」を意味するMahā[マハー]の語が付され、Mahā maṅgala sutta[マハー・マンガラ・スッタ]とも呼称されます。

マンガラ・スッタは、13の偈頌からなる小経で、Khuddaka Nikāya[クッダカ・ニカーヤ](小部)のkhuddakapāṭha[クッダカパータ]に第5章としてそのまま収められ、また同じくクッダカ・ニカーヤ所収のSuttanipāta[スッタニパータ]にも、第2章第4経として収められています。

この経が説かれた場所は、サーヴァッティのジェータバナ、漢訳語でいうところの舎衛城[しゃえいじょう]は祇園精舎[ぎおんしょうじゃ]です。夜半を過ぎた頃、一人の神が、仏陀に対して「吉祥とはなんですか?」と問いかけたところからこの経は始まり、これに仏陀が答えて、吉祥とは何であるかを列挙して終わるという小経です。

この経がパリッタとして用いられる場合は、上に載せたように、序分(Nidāna[ニダーナ])として二つの偈が冒頭に付加されて15の偈頌よりなっていることがあります。この序分は、上座部の中でも国や派の違いによって異なったり、無い場合があります。

マンガラ・スッタは、上座部が信仰される国々で最も唱えられることが多いものの一つです。マンガラ・スッタ、ラタナ・スッタ、メッタ・スッタの三つは、何につけ欠かすことの出来ないパリッタと言っていいでしょう。特にマンガラ・スッタは、人の誕生日や結婚式、あるいは新築や改築祝いなど、なにごとか祝い事をするときに、在家信者達が僧侶らを招いたり、寺院・精舎へ赴いたりするなどして、唱えられるものです。

Maṅgalaとは

経題となっているMaṅgala[マンガラ]とは、すでに上に吉祥との言葉にて訳し置きましたが、他に「吉兆」や「瑞兆」あるいは「幸運」、「祝い事」と訳しうる言葉です。平たく言えば、「めでたい兆し」、「なにか良いことの訪れを示す前触れ」あるいは「喜ばしいこと」と言ったところのものです。

日本では、これを「幸せ」「幸福」などと訳す人もあり、そのほうが現代日本語として理解しやすいかもしれませんが、原意からは離れたものです。マンガラとは、むしろ幸福を訪れさせる事柄、幸福の訪れの前兆であって、幸福そのものを指す言葉ではありません。

さて、世間においていわれる吉兆、瑞兆などというと、例えばインドでは 白蛇・白象が夢の中、もしくは現実にあらわれることなどであったようです。また日本では、白あるいは金色の蛇・鳥(鶴)、白衣の翁や輝く天人、何か異常ながら美しい自然現象などが夢に現れる、またはそれらが現実に目の前に現れるというのが、瑞兆として昔よく言われたことでしょうか。しかし、今時は、吉祥だの瑞兆だのという人などあまりないと思いますが。

いずれにせよ、総じては、なにか通常とは異なって異常な、しかしそれによって恐怖することは少ない現象・出来事の類が、世間で言われるところの吉祥というものでしょうか。

しかし、このマンガラ・スッタにおいて、仏陀は、吉祥としてそのようなものを一つとして挙げることはなく、数々の現実的になされる(善なる)行為そのものが、それであると示されています。このことから、仏陀の説かれたマンガラ(吉祥)とは、それが現れるのを手をこまねいて待つものなどではなく、自らが実現していくものである、と言えます。

南方の上座部の教学では、マンガラ・スッタにて仏陀が説かれた吉祥の数を、その注釈書などにて、あるは三十六、あるは三十七、あるは三十八と数え、列挙することが行われています。数に少々ばらつきが見られますが、これは数え方の違いによる相違で、その内容はもちろん変わりません。ここでは一応、序にて宣言している「三十八の吉祥」というのに従っています。

神々と人々における三十八の吉祥
No. パーリ語 内容
1 Bālāsevana 愚者に親しまない。
2 Paṇḍitasevana 賢者に親しむ。
3 Pūjaneyyapūja 尊敬すべき人を尊敬する。
4 Patirūpadesavāsa 適当な場所に住む。
5 Pubbe-katapuññatā 過去に功徳を積んでいる。
6 Attasammāpaṇidhi 正しい誓願を起こしている。
7 Bāhusacca 博識である。
8 Susikkhita-sippa 技術を身につけている。
9 Susikkhita-vinaya 躾が身についている。
10 Subhāsitā-vācā 語る言葉が見事である。
11 Mātāpitu uPaccayuddesa 父母を養う。
12 Puttadāra saṅgaha 妻子を養う。
13 Anākulā kammanta 秩序ある仕事をする。
14 Dāna 施与(布施)をなす。
15 Dhammacariya 法に適った行いをする。
16 Ñātaka saṅgaha 親族を養う。
17 Anavajja kamma 非難を受けない行為をする。
18 Pāpa-ārati 悪を止める。
19 Pāpa-vratī 悪を離れる。
20 Majjapānā-saṃyama 飲酒をつつしむ。
21 Dhamma-appamāda 法において誠実である。
22 Gārava 敬意を忘れない。
23 Nivāta 謙虚である。
24 Santuṭṭhī 満足する(知足)。
25 Kataññutā 感謝する。
26 Kālena 適当な時に法を聞く。
27 Khantī 堪え忍ぶ。
28 Sovacassatā 従順(人の忠告を受け入れる)である。
29 Samaṇa-dassana 沙門に会う。
30 Kālena dhammasākacchā 適当な時に法について語り合う。
31 Tapa 苦行(五欲を抑制)する。
32 Brahmacariya 梵行(不淫)を実践する。
33 Ariyasacca dassana 聖なる真理を観る。
34 Nibbānasacchikiriya 涅槃を得る。
35 Citta alampana 俗事に触れても心が動揺しない。
36 Asoka 憂いがない。
37 Viraja (心に)汚れがない。
38 Khema 安穏である。

善をなしたことの果報は甘いが、善をなすことは始め苦しい

仏陀が神々と人々とに示された吉祥とは、文字の上、言葉上ではいずれも単純な、当たり前とも思えるようなものがほとんどかもしれません。しかし、その実現は決して容易なものではありません。「わかっちゃいるけど、やめられない」。頭でわかっているつもりではいても、現実にいざとなると真反対のことをしてしまう場合が多いのが、人間というものの実情でしょうか。

本当のところ、私には他者の心の内などわかりませんから、これは自分自身が身に染みて痛感するところです。そのたび己の業の深さ、全くの愚かさに呆れ、自ら苦しみます。しかしこれも、自業自得というものです。

さて、これらは特に出家者ではなく、在家者に向けて説かれたもので、故にその全てを同時に満足することは不可能です。これらのほとんど多くを現実のものとしている人は、まさに賢者と読んでよい、深く敬すべき人です。しかし、これら吉祥をなしえる人、実際になしている人は世の中に実に稀です。そして、まただからが故に、これらの行為を少しでも、しかし確実に現実のものとなしえる人は幸いです。

安楽を目指して行く道、吉祥を実現させる道は、実に多くの困難をともなう道でもあります。ここに安易な道などありません。この道は安楽ですよと誘い込まれたら、実に苦しい道であった、ということもあるでしょう。安楽を実現する道は、普段日常の、俗世の生活にどっぷりとつかった状態で、やすやすと行けるようなものでは到底ありません。

涅槃などと言う、「話に聞いただけの最高の安楽」を実現するために、想像以上に(自分にとって)苦しいことを現実にしなければならないなんて割が合わない、などと言い出す人もあるかもしれません。いや、現実にいます。しかし、こればかりは、自分で体験するしか他なく、それは自身が実際に努力を積み重ねていくうちに、少しずつでも気づいていくものです。それは、いきなりドカン!とサイコーの何事かが起こって、それを「それはもう、すばらしい体験でした。もう病みつきです♪」など回想するという種類のものではありません。

吉祥は、ただじっとその到来を祈って待つものではなく、己が行為として実践するうちにあります。それは自分が行うべきことであり、この世で他でもない、自分しか実現出来ないことです。そしてそれら行いによってこそ、人は幸福になることが出来ます。

沙門 覺應
(horakuji@live.jp)

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