真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

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‡ Asubha bhāvanā [不浄観]

序説パリッタと儀礼 |  凡例発音について
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1.Asubha bhāvanā

不浄観

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パーリ語原文
1. [ R-1. / J-1. ]
atthi imasmiṃ kāye
kesā lomā nakhā dantā taco,
maṃsaṃ nhāru aṭṭhi aṭṭhimiñjaṃ vakkaṃ,
hadayaṃ yakanaṃ kilomakaṃ pihakaṃ papphāsaṃ,
antaṃ antaguṇaṃ udariyaṃ karīsaṃ matthaluṅgaṃ,
pittaṃ semhaṃ pubbo lohitaṃ sedo medo,
assu vasā kheḷo siṅghāṇikā lasikā muttaṃ.

2. [ R-2. / J-2. ]
Sabbe sattā marissanti, maranti ca mariṃsupi,
Tathevāhaṃ marissāmi, ettha me natthi saṃsayo.

カナ読み
1. [ P-1. / J-1. ]
アッティ イマスミン カーイェー
ケーサー ローマー ナカー ダンター タチョー、
マムサム ナールー アッティ アッティミンジャム ヴァッカム、
ハダヤム ヤカナム キローマカム ピハカム パッパーサム、
アンタム アンタグナム ウダリヤム カリーサム マッタルンガム、
ピッタム セムハム プッボー ローヒタム セードー メードー、
アッス ヴァサー ケーロー シンガーニカー ラシカー ムッタム.
2. [ P-2. / J-2. ]
サッベー サッター マリッサンティ、マランティ チャ マリムスピ、
タテーヴァーハム マリッサーミ、エッタ メー ナッティ サムサヨー.

日本語訳
1. [ P-1. / R-1. ]
この身体には、髪・毛・爪・歯・皮、肉・筋・骨・骨髄・腎臓、心臓・肝臓・肋膜・脾臓・肺臓、腸・腸間膜・胃の内容物・大便・脳髄、胆汁・痰・膿・血・汗・脂、涙・血漿・唾・鼻汁・(関節)滑液・小便がある。
2. [ P-2. / R-2. ]
すべての生ける者どもはまさに死にゆく。彼らは死に、過去にも死に去った。
私もまた死にゆくことに、なんの疑いがあろう。

日本語訳:沙門覺應

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2.解題

不浄に満ちた、私の身体

画像:死の象徴としてのPS的頭蓋骨

Asubha bhāvanā[アスバ バーヴァナー]とは、直訳すると「不浄の修習」で、いわゆる不浄観といわれる瞑想です。

もっとも、ここに不浄観として挙げたのは、人の身体とは様々な組織・器官からなり、またそこには種種の不浄なるものが満ちているものであると、身体についていわば解剖学的に淡々と(観察ではなく)観想していく、Kāyagatāsati(身至念)という瞑想の一つです。

一般的な不浄観とは、人の身体が死後いかに腐り虫が湧き獣に口散らかされ、やがて骨と化していくかを観想するものです。故に、ここで不浄観として挙げた文言は、分別説部で業処(瞑想の対象)として挙げられる十不浄とは異なります。

ちなみに、支那・日本では十ではなく九の死体が朽ち果てる段階を対象とし、これを九種不浄観ともいいます。

日本では本当の死体を用いることは普通なく、いや普通ないというより聞いたことがありませんが、九想観図という「美女」が朽ちていく様を九段階にして描いた軸を用いて不浄観を行います。対象が醜女であると、一般的にあまり意味がありません。

さて、ここで説かれるものは、死者の身体ではなく生きている者の身体を対象とします。人のその外見ではなく、その内容物がいかなるものであるかを常に意識することによって、貪欲を退治することを期したものです。特に愛欲(性欲)の強いものに、その修習が奨励されます。

上に挙げたパーリ語の文言のうち、‘atthi imasmiṃ kāye’に始まる一節は、パーリ三蔵の律蔵には見られませんが、経蔵五ニカーヤの全てにおいて所々に説かれています。そのうちDīgha Nikāya(長部)所収でMahāsatipaṭṭhānasutta(『大念住経』)では、Kāyānupassanā(身随念)の一つとして説かれています。また、論蔵ではVibhaṅga(『分別論』)に伝えられます。

(蛇足ですが、契経では、もともとmatthaluṅgaを欠く三十一のものが説かれるのが、注釈書の説の影響で三十二として説かれるようになったようです。)

この文言の中には、ここで列挙されている身体の三十二の諸要素について、「不浄である」とする文言はありませんが、仏陀はこれらを説かれる直前に、このように説かれています。

Puna caparaṃ, bhikkhave, bhikkhu imameva kāyaṃ uddhaṃ pādatalā adho kesamatthakā tacapariyantaṃ pūraṃ nānappakārassa asucino paccavekkhati. “atthi imasmiṃ kāye...

比丘たちよ、次にまた比丘は、下は足の踵より上は頭の髪の先まで皮膚で覆われた、様々な不浄で満ちたこの体を観察する。「この身体には・・・(以下略)」

DN. Mahāvagga, Mahāsatipaṭṭhānasutta 372
[日本語訳:沙門覺應]

ここでは不浄というのにasubha[アスバ]ではなく、asuci[アスチ]との言葉が用いられています。しかし、いずれにせよ「不浄」の意味で変わりありません。

釈尊は時に、男性として女性に対する性的欲望を起こすのを戒めるために、女性をして「不浄の詰まった糞袋」などと言っています。現代ならばフェミニストの一部がギャーギャーと騒ぎたてそうな一節ですが、これは女性からする男性、あるいは男性同士、女性同士など同性でも同様に言えるものです。

パーリ語の文言の中で説かれている身体の三十二分を、パーリ語と日本語とを参照しやすいよう、表にして以下に示しておきます。

身至念における三十二身分
No. Pāli語 意味 No. Pāli語 意味
1 kesa 2 loma
3 nakha 4 danta
5 taca 皮膚 6 maṃsa
7 nhāru 8 aṭṭhi
9 aṭṭhimiñja 骨髄 10 vakka 腎臓
11 hadaya 心臓 12 yakana 肝臓
13 kilomaka 肋膜 14 pihaka 脾臓
15 papphāsa 肺臓 16 anta
17 antaguṇa 腸間膜 18 udariya 胃中物
19 karīsa 大便 20 matthaluṅga 脳髄
21 pitta 胆汁 22 semha
23 pubba 24 lohita
25 seda 26 meda
27 assu 28 vasa 血漿
29 kheḷo 30 siṅghāṇika 鼻水
31 lasika 滑液 32 mutta 小便

また、漢訳経典では『中阿含経』において、種々の念身を説く中にこれとほぼ同内容の一説が見られます。

比丘修習念身。比丘者。此身隨住。隨其好惡。從頭至足。觀見種種不淨充滿。謂此身中有髮毛爪齒麁細薄膚皮肉筋骨心腎肝肺大腸小腸脾胃搏糞腦及腦根淚汗涕唾膿血肪髓涎膽小便。

比丘、念身を修習す。比丘は此の身に随て住し、其の好悪に従い、頭より脚に至って、種種の不浄が充満するを観見す。謂く、此の身の中には髮・毛・爪・歯・麁細薄膚皮・肉・筋・骨・心・腎・肝・肺・大腸・小腸・脾・胃・搏・糞・脳及び脳根・涙・汗・涕唾・膿・血・肪・髓・涎・膽・小便が有る。

『中阿含経』巻廿 長壽王品「念身経」 (T2, P556a)

先に述べたように、身体が諸々の汚物に満ちた器官・組織からなることを観察することにより、自身への愛着、そしてその強弱の異なりこそあるものの、正常な人間であればあってあたりまえの性的欲求・衝動を抑制するために説かれたのが、この不浄観です。

現代の解剖学的な見方をしてはいるももの、根本的に異なるのは、それらを「不浄」であると見なしている点、執着の対象とする価値のないことを知らしむことを前提としている点です。

これは特にタイのみに見られることのようですが、死体をナタや包丁などによってバラバラにし、各組織を並べる様子をビデオや写真に修め、僧侶らの不浄観に用いさせる人々があります。

また、タイの僧侶が、不浄観の実習のために解剖学の臨床や検死解剖に立ち会うことがしばしばあります。また、信者で自分の死体をサンガに寄付し、サンガの所有する森に打ち捨てさせて、実地に死体が腐りゆく不浄観の対象とさせるという人まであります。聞いた話によると、それは「その朽ちていく遺体の見た目よりも、その匂いの凄まじさに耐えられない。見た目だけならばある意味すぐに慣れてしまう」とのことです。

このような人の身体の見方に対する反感、性的欲求を抑制せよとの教えに嫌悪を覚える一部の人々の不満の声があちらこちらから聞こえてきそうです。「そのような、汝らの言う疎い離れるべき欲情に基づく行為の結果、不浄なる物からお前は生まれてきたのではないか。それを今更何を言う」と。

あるいは、密教を少しばかりかじったことのある人から、「密教では『妙適清浄(性的エクスタシーは清浄である』を説くのだ!」との言が吐き出されるかもしれません。

先ず、人の身体が諸々の不浄によって構成されていることを説くことはあっても、在家信者に対して性欲を完全に押さえ込め、などということを仏教は要求しません。不邪婬といって、不倫や強姦、不特定多数との性交渉などを戒めるに留まります。

しかし、もし在家であっても真から涅槃を求めるという者には、同様に人の身体の不浄なること、無常なることを観察させ、自ずから性的欲求を漸減させていくことを勧めます。

仏教における最終の目的、涅槃に達するという目的の前に、三毒などともいわれる貪欲(むさぼり)・瞋恚(いかり)・愚痴(真理についての無知)の三大煩悩に基づく欲求は障害となります。そして、自身の身体に対する愛着、他者の身体に対する性欲は、貪欲にもとづくものです。

故に、仏教おいて涅槃を得ることを真から求める人には、その欲求を退治する必要があり、そのための瞑想がこの不浄観です。

さて、密教の「妙適清浄」を容易く口にするような人は、何故『理趣経』が秘密経典とされたかの理由がまるで理解出来ていないようです。

不浄観は仏教の厭世的側面を表すものです。そのような側面が仏教には確かにあります。しかし、ただいたずらに生を否定しているわけではありません。

その昔、釈尊が不浄観を修することを弟子の比丘らに勧め、これを多くの比丘が熱心に修した結果、生を穢らわしいものと厭うようになった比丘らが次々と、刃物を用いて首を切るなどして自殺するという事態に至っています。そのため釈尊は比丘らに不浄観を修すことを一先ず止めさせ、かわりに持息念を説かれています。

このようなことがあったこともあり、不浄観は特に貪欲・色欲(性欲)の強いものにこそ推奨される瞑想となり、逆に厭世観の強い者や瞋恚の強い人には推奨されぬ瞑想となっています。厭世観の強い者がこれを修すると自殺してしまう可能性があり、瞋恚の強いものがこれを修めればその不浄なる対象に対して嫌悪・怒りを覚え、逆に瞋恚を強めるなど、逆効果となってしまうおそれがあるためです。

故に本格的な不浄観は誰でも修めえるものではありませんが、しかし、ここに挙げた三十二身分ならば、常に念じて毒となるものではないでしょう。これを憶念することによって、自他に対して、ただ上辺の見かけだけに翻弄されること無く、本質を問う冷静な視点を持つことが可ともなるでしょう。

受け入れられない死

画像:Memento Mori

Kāyagatāsati(身至念)の三十二身分に続いて記した短い一節は、三蔵いずれかに伝えられている文句ではありません。しかし、Maraṇassati(死念)として唱えられている文句です(Maraṇasatiとも綴られる)。人は必ず死ぬものであることを念じる、すなわち「忘れない」ためのものです。

人は死ぬものです。わかっている、皆そんなことはわかっている・・・つもりでいます。

ほとんどの人は皆、「僕は死にません」「私はとりあえず大丈夫」とタカをくくっています。「死ぬ、そう、いつかは死ぬであろう。けれどもそれは今日ではない、明日でもない、来年ではない。さしあたって自分には関係がない」と。いや、そもそも自分が死すべき者であることすら、その日常の中で一瞬たりとも考えることもしないかもしれなせん。

「人は死ぬ、そしてその到来はおそらく予期できないものである」、それはあくまで言葉の上だけのものであって、これを真剣に、そして恐るべき事実として捉えている人は決して多くはないようです。

在原業平のこの辞世の句は、そのような人の心情をまさしく表しているものです。

ついに行く 道とはかねて  聞きしかど
昨日今日とは 思わざりしを

気づいたときにはもう遅い。それが多くの人にとっての老い、そして死です。

あるいは、自分の死は受けいれられるけれども、自分の近しい人、父・母または可愛い我が子が生命を失うのは耐えられない、という人もあるでしょう。

仏陀が人の生命、死というものがいかなるものかを説かれた有名な話があります。

ようやく歩けるようになったばかりの息子を失った悲しみのあまりに正気を失い、町をさまよい歩いて死んだ我が子の再生させる薬を探しまわる女がありました。それを見た仏陀は彼女を呼び、「一度も死者を出したことのない家族から芥子の実をもらい受けてくれば、その子を生返させよう」と約束。

しかし、果たしてそのような家が一つもなかったことから、女は生命というものが死にゆく定めのもの、全ての人はどのような者であれ等しくその近しい者の死に直面するのであり、それは己一人の苦しみではないことを悟って正気を取り戻します。そして彼女は出家して、ついには阿羅漢となり、比丘尼の中でも頭陀を行じる者らの指導者的存在となる、という話です。

彼女の名はGotamī[ゴータミー]。貧しい家の出で、非常に痩せていたということから、Kisāgotamī[キサーゴータミー](痩せぎすゴータミー)と呼ばれていました。仏陀の直接の導きに触れ得た果報者であったということに加え、彼女はもともと聡明で理知的であったのでしょう。

また、釈尊に親しく随行すること二十五年にしてその身の回りの世話をされた人に、阿難(Ānanda)尊者という方があります。ある意味自身の過失によって、久しく付き添ってきた優れた師、仏陀釈尊の涅槃(逝去)されるのが決定的となり、その時がまさにやって来ようとするとき、阿難尊者は釈尊から隠れ、住居の中に入って泣いていました。

いまだ有学(修業によって高い境地には到達しているけれども、しかし学び行うべきことが未だ有る状態)であり、円満なる悟りに至っていなかった阿難尊者にとって、師の死は容易く受け入れられるものではなく、その悲しみをこらえることが出来なかったのです。

阿難尊者の姿が見えないことに気づかれた釈尊は、比丘に阿難尊者が何処にいるかを訪ねます。尊者が影で泣いていることを知った釈尊は、これを呼んで重ねて無常の理を説かれます。

alaṃ, ānanda, mā soci mā paridevi, nanu etaṃ, ānanda, mayā paṭikacceva akkhātaṃ ―‘sabbeheva piyehi manāpehi nānābhāvo vinābhāvo aññathābhāvo’; taṃ kutettha, ānanda, labbhā. Yaṃ taṃ jātaṃ bhūtaṃ saṅkhataṃ palokadhammaṃ, taṃ vata tathāgatassāpi sarīraṃ mā palujjī’ti netaṃ ṭhānaṃ vijjati.

「やめよ、アーナンダ、悲しむな。嘆くな。アーナンダよ、私はあらかじめこのように(繰り返し)説いたではないか。――『すべての愛しいもの、喜ばしいものからも別れ、異なるに至る』と。アーナンダよ、それはなんであれ、生じ、存在し、つくられ、滅びるものである。それを一体どうして「如来の身体が滅びないように」としえるであろうか。そのような理は存在しない」

DN, Mahāparinibbānasutta, Ānandaacchariyadhamma
[日本語訳:沙門覺應]

このように語られて後、釈尊は阿難尊者に対し、それまでの長い間ずっと自身の世話をしてきたことを優しくねぎらわれています。

写真:インド・クシナガラ寺の涅槃像台座に刻まれる、釈尊の死を嘆く阿難尊者の姿。

結局、尊者は無常であることを念じてグッと堪えるも、やはり釈尊の死に実際に直面した際には涙を止めること出来なかったように伝承されています。その尊者が阿羅漢となるのは、釈尊の死後三ヶ月のことです。

以降、尊者は仏陀亡き後の仏教、僧伽存続に大きく貢献されています。阿難尊者という方の生涯は、釈尊の随行となるまでのいきさつ、悟られるまでの経緯と瞬間、そしてその生の最後を迎えるまでと、数ある仏陀の直弟子の中でも非常に印象的なものです。

阿難尊者亡き後数百年を経た後のインドにおいても、特に比丘尼らから篤く尊崇されていたということが、玄奘三蔵の記録から知ることが出来ます。

さて、他者の死といっても、その死を看取ることのできた人の死と大往生であったと皆がある意味喜び得る死、理由なく無残にも殺害されて迎えた死、悲惨な事故死、自殺など様々です。

釈尊の死は、その死の原因は恐ろしい痛みと下血とを伴うものであったとしても大変に安らかな、ある意味理想的な中で迎えられたものでした。

しかし、この世にあって死とは自からの病や老いなどによって起こるだけでなく、他者の関与によっても引き起こされるものです。そのような中に、受け入れられない死というものがあります。家族や恋人の死を受け入れられず、あるいはその死を理解できずにいる人が存在しています。

たとえば大東亜戦争中、物心こそついていてもいまだ幼い子供であったとき、はるか故国を離れた地にあって軍獣医をしていた父親について、ただ「戦死」とだけの通知と、遺骨も遺品も何もなく名前の書かれた木ぎれのみが入った小さな木箱を受け取り、それから七十年もその死を受け入れられず、いまだ寂しさ苦しみの中にあり続けているという方もあります。

無論、今やもう八十にもなる高齢の方ですが、「おとうさん」という思いがその人生から離れることが決して無かった、何を見るに付けても父親を思いつづけている方があります。

ただ、ただその歩道をいつものように歩いていただけなのに、あるいは飲酒によって、あるいは運転者が病などにより意識を失ったことによって、突如として暴走した車が突っ込んで来、無残にもその生命が引き裂かれる。その恐るべき訃報を、いつものように何気なく出た電話などで聞かされる家族は、これをいきなり「人は死ぬものだから」と受け入れるわけにはいかない。

仕事を終え、いつもの家路についていたところを、暴漢に無残にも乱暴され、虫けらのように殺される。これを、殺される瞬間までの本人もその凶行を伝えられその遺体に対面した家族も、「無常だから、仕方のないこと」と平静を保つことなど普通できません。

突然でない、予期された自身の死についても同様です。現在、日本における死亡率の一位は癌で不動となっています。そして脳梗塞・心筋梗塞がそれに続いています。

たとえば医師から余命半年を宣告された末期癌などの人が、それでもなんとか一日でも生命を伸ばしたい、なんらか奇跡によってあわよくば癌を克服したいと、多くの痛み苦しみと闘いつつ懸命に様々な治療を試みています。

しかし、そうこうするうちにむしろ死を受け入れる準備が出来ぬまま亡くなる人、失意のうちに亡くなっていく人が多くあります。

死に逝く私  ― My own motality

生きていたい、一日でも長く。生きていきたい、少しでも幸せに。けれども死は、人の願いなど関係なく、必ず訪れて来、その願いを打ち砕きます。

そうかと思えば、あるいは病室の床にあり、あるいは家の布団の上にあって、「嗚呼、もうそろそろお迎えが来る頃だ」と落ち着きその死を受け入れ、多くの家族が看取る中で、安らかに「良い人生だった」と回想し、皆に感謝しつつ亡くなる人も極めて稀にですがあるようです。

また、これは最近よく聞く話なのですが、老いた身体は人の介助なしに動かすことも排泄することも出来ぬようになり、心もぼんやりとした状態が長く続き、結局なんとなく死んで逝く人もあります。その死は、その家族にとって老人介護という大変な労から解放されることを意味し、喜ばしいことではないにしろ、むしろ家族をしてほっとさせるということもあるようです。

いや、あるいは誰にも知られること無く、ただ独り死に、その遺体が腐って周囲に異臭を放つにいたるまで誰も気づかない、というのも稀でなくあります。

これらは全て我々の周りで起こっている現実のことで、全く他人事などではありません。「人が死ぬことなど、いまさら仏教の坊主に言われなくとも分かりきっていることである。どのように死ぬか、という一点が重要なのだ」という人もあるでしょう、そしてそれは事実です。

しかし、死に様は人それぞれで普通は想像だに出来ないものであり、またほとんどの人にはその選択も出来ないものです。

人によって、また場合によって死は、人生は理不尽極まりなく感じるものです。直面しなければならないのは、自分の死だけではなく他人の死もであり、それは時として自分の死などよりもずっと苦しく、精神的に受け入れられない死というものがあるでしょう。

たとえそれが事実であったとしても、これらの人に等しく、また単に「遅かれ早かれ人は死ぬものだ」「無常だ」などとは言えない。

「自身の宿業、どう仕様にも無い業果のためだ」「それは人の思義を超えたものだ」などとも、いきなり言えません。また、近しい人の死に際した者で、それを冷然として「お、死んだか。突然だったが、まぁ無常だから」などと言えば、常識的な感覚からすればどうかしているとされるでしょう。

空海はこのように言います。

それ生は吾が好むにあらず。死はまた人の悪むなり。しかれども猶、生まれ之[ゆ]き生まれ之いて六趣に輪転し、死に去り死に去て三途に沈淪す。我を生じる父母も生の由来を知らず、生を受くる我が身もまた、死の所去を悟らず。過去を顧みれば、冥冥としてその首[はじめ]を見ず。未来に臨めば、漠漠としてその尾[おわり]を尋ねず。三辰、頂に戴けども暗きこと狗の眼に同じく、五嶽、足を載すれども迷えること羊の目に似たり。日夕に営営として衣食の獄に繋がれ、遠近に趁り逐て名利の坑に堕つ。

さて、「生」は私の望むことではなく、また「死」は人の憎むものである。しかしながらなお、(我々人は)生まれ変わり生まれ変わりしながら(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天いずれかの)六趣に流転し、死に去り死に行きながら(地獄・餓鬼・畜生の)三途に沈淪している。私を生んだ父母であっても、(我が)生の由来を知らず、生を受けた我が身もまた、死の行き先を悟れはしない。過去をかえりみたとしても、冥冥としてその始まりを見ることは出来ない。未来を臨んだとしても、漠漠としてその終わりを知ることなど出来はしない。(太陽と月と星々とを)この空に頂いていながら暗暗としていることは犬の眼に同じく、五嶽に足下に踏んでいたとしても迷えることは羊の目に似ている。昼夜に営々として衣食に追われる監獄に繋がれ、遠近わかたず追い求めて名誉と財産という深い坑に堕ちている。

空海『秘蔵宝鑰』巻上
[現代語訳:沙門覺應]

しかし、仏教の観点からすると、そのような憂愁・悲泣、あるいは怒りなどは、すべて真実を知らない無智、周囲で日々起こっていることについて盲目であることによって起こるものです。人は必ず死ぬものであり、それがどのような形であれ死んだからといって今更に驚き慌てふためくほうがむしろおかしい。

・・・とは言え、近しい人の死、すなわち別れはまことつらく悲しいものです。

いや、時にそれは、悲しいなどという言葉で表現など出来はしないほどです。しかし、しかしその別れが如何なる形であっても、それは並大抵のことではありませんが、それに対する悲しみをグッと堪え、無常という現実をまさしく再確認する時です。

平生、死はどこまでも他人事

自分や家族が夭折しないこと、不意の事故や殺人の被害者にならないことを前提に人生設計なるものをすることや万一に備えて家族のために生命保険に入っておくことと、人が死すべきものであること、そして死は突如としてやってくるものであることを常に念頭に置いて生きることとは話が異なります。

地震大国と言われる日本において、出来うる限りの地震対策をしている人は少なからずあります。近隣で大地震があって甚大な被害があったことを知るや、その対策・用意を慌ててしてみる人もあります。地震に対して地元の行政がたいした対策を立てていないのを知るや、たちまち抗議の声を上げる人もあります。大地震がいつ、どこで起こるかどうかは果たしてわからないけれども、「高い確立」で近い将来地元を襲うであろうと言われていることに戦々恐々とはする。

しかし、地震に同じくいつ・どこではわからないものの、高い確率ではなく100%すなわち絶対に訪れる死について、ほとんどの人は何の準備もしません。

自分の死にしろ、他人の死にしろ、それが来ることは分かりきっているのに、しかも誰がどのように死ぬかわからないということも知っているのに、その準備はしない。では、人にはそれぞれ寿命があるのだから、それが不可避で仕様がないものであるからと諦観して準備をしないのかというと、そうではない。

人が地震対策をするのは、取りも直さず死にたくない、怪我したくない、財産を失いたくない等といった、それによって出来うる限り苦しみたくないという動機からでしょう。ならば、そのような動機と同じく、その到来に対してすこしでも苦しみを覚えぬよう、なんらか対策しておくことは、それが必ず訪れるものであるならなおさら必要なことではないでしょうか。

「いや、私は生命保険に入っているから大丈夫」などと答えるのはまるで宛が外れています。

何故か自らの死、それだけでなく近しい人々の死については、まるでどこ吹く風になってしまうようです。それは地震対策のように物質的に云々出来ることではないから、どうしていいのかわからない、ということも原因の一つかも知れません。

また、日本という社会自体が、マスコミによって地震で無残に倒れた多くの家屋を報じることは良くとも、そこにゴロゴロとする遺体が写っていてはいけないとするなど、ますます死を覆い隠すような方向に進んでいることも原因の一つとしてあるでしょう。

あ、いや、それは原因などではない。

このような人の心情は何も今に始まったことではなく、人の性のようです。たとえば夏目漱石はこのような随筆を残しています。

私の立居が自由になると、黒枠のついた摺物が、時々私の机の上に載せられる。私は運命を苦笑する人のごとく、絹帽などを被って、葬式の供に立つ、車を駆って斎場へ駆けつける。死んだ人のうちには、御爺さんも御婆さんもあるが、時には私よりも年歯が若くって、平生からその健康を誇っていた人も交っている。
私は宅へ帰って机の前に坐って、人間の寿命は実に不思議なものだと考える。多病な私はなぜ生き残っているのだろうかと疑って見る。あの人はどういう訳で私より先に死んだのだろうかと思う。
私としてこういう黙想に耽るのはむしろ当然だと言わなければならない。けれども自分の位地や、身体や、才能や――すべて己れというもののおり所を忘れがちな人間の一人として、私は死なないのが当り前だと思いながら暮らしている場合が多い。読経の間ですら、焼香の間ですら、死んだ仏のあとに生き残った、この私という形骸を、ちっとも不思議と心得ずに澄ましている事が常である。
或る人が私に告げて、「他の死ぬのは当たり前のように見えますが、自分が死ぬという事だけはとても考えられません」と云った事がある。戦争に出た経験のある男に、「そんなに隊のものが続々斃れるのを見ていながら、自分だけは死なないと思っていられますか」と聞いたら、その人は「いられますね。おおかた死ぬまでは死なないと思っているんでしょう」と答えた。それから大学の理科に関係のある人に、飛行機の話を聴かされた時に、こんな問答をした覚えもある。
「ああして始終落ちたり死んだりしたら、後から乗るものは怖いだろうね。今度はおれの番だという気になりそうなものだが、そうでないかしら」
「ところがそうでないと見えます」
「なぜ」
「なぜって、まるで反対の心理状態に支配されるようになるらしいのです。やっぱりあいつは墜落して死んだが、おれは大丈夫だという気になると見えますね」
私も恐らくこういう人の気分で、比較的平気にしていられるのだろう。それもそのはずである。死ぬまでは誰しも生きているのだから。

夏目漱石『硝子戸の中』二十二

江戸幕末の動乱期を終えて文明開化の鐘がやかましく鳴らされた当時、それでも以前肺病などで人がコロコロと死んでいった頃、あるいはロシアとの戦争があって社会が多くの死を経験した頃にすら、このような感想が述べられていたのです。

先に挙げた在原業平の辞世、そして今紹介した夏目漱石の随筆に書き出されたものを見ていくと、死がどこまでも他人事としか思えない人の心情は、ことさら「死が恣意的に社会から隠されたような現代だからこそ」と云うものではありません。

人の死はまったく他人事で、それがいかに理不尽な死に方であっても、その不幸を聞いて「かわいそうだ」と思うことも数分、長くとも数週間後には忘れてしまう。

それなのに、いざそれが自分に関わってくると「まさか私のまわりで」「あまりにも理不尽だ」「早過ぎる」「こんなことになるのが分かっていたら、もっと色々していたのに」「許せない」と慌てふためき、泣き叫び、悔い、怒り、なにものかを長く呪うにまでに至る人もあります。

実際、心が引き裂かれんばかりの悲しみは、その思いの行き場の無さ故に、強い怒りに転じられる可能性が高いものです。

いや、仏教においては、「悲しみとは、小さき怒り」であると理解されています。

故に大きな悲しみは、容易に強く深い怒りに転じてしまう。

死という現実、人生における最大の問題の一つを、まるでリアルのものと思わず生きることによる、ひとつの結果でしょう。日本人の平均寿命はおよそ八十歳という世界最高水準であり、それは「平均」なのであるから確率からして自身もおおよそそのあたりまで生きれようと思うことは当然ではないか、と言う人もあるかも知れません。

しかし、無常の風にさらされているのは老若男女すべてです。平均はあくまで平均にすぎません。

日本には、その不幸・理不尽を受け入れられない結果、その原因を先祖の祟りや霊障なるもの、はてまたは風水的云々、名前が原因であるとみなし、なんらか新興宗教に入信したり、拝み屋に入れあげたり、風水や四柱推命にどっぷりつかるようになってしまうような人が、これは決して少数ではなくあります。私は勧めませんが、そうすることでその人の心が安らぎ落ち着くならば、一先ずやってみても良いでしょう。

何でも自分が信じたいものを信じたら良いでしょう。その権利が私たちには日本国憲法によって保証されている。

そして、それがどのようなものであれ信仰があるからこそ、普通では考えられないような環境・状況にあっても、踏ん張り留まって、なんとか自殺せずに様々な努力を続けている人があります。

しかし、ただなんでもかんでも信じたとして、それは一時しのぎにはなっても、真に問題を解決させるものとはならないでしょう。人の一生には、たとえそれが一時しのぎであっても、差し当たっての耐え難い苦しみを癒すということが先決であることもあります。それは他人がどうこう言いえるものではない。

しかし、それは一度落ちるとなかなか這い上がることが出来ない深い落とし穴のような物でもあります。そのようなものにすがりついてみても、ここは断言しますが、畢竟その不幸・理不尽を解決する術には全くなりません。

「そうかガッカリ、なんちゃって」とは、某信仰宗教団体に所属する友人の自虐的なつまらない、いや、たいへん面白い冗談ですが、まあそういうことです。

自分の身にそのようなことが起こるとは予期していなかった、私の思いとあまりにかけ離れている。その理由がわからず理不尽に思う、不安に思う。だから理由が知りたい。何故か、何が、どうしてこんなことを起こしたのか。なぜ私にだけ、なぜ私の身に、という問い。それは多くの人に共通のものでしょう。

しかし、世界には人の知り得るものと知り得ないものとがあります。それを無理に理解しようとして、拝み屋の奇天烈な論理、特定の対象に対する信仰の有無・強弱云々によって幸不幸が定まるの如き論理を受け入れても、そこには不毛の地平が開けるのみです。

死ぬこと、どういう形にしろ人は必ず死ぬこと、それは我々は日常見聞きして充分に知っている、はずのことです。

死んでしまう、けれど・・・。死んでしまう、だから・・・。

私は死んでしまう、あの人は死ぬ、かの人たちは死んでしまった。わかっている、しかし、わからない。

「なぜ?」「どうして?」、それは人に特有の思考かもしれません。我々の心は、その性として「考えるもの」です。我々は生きている限り、思うこと・考えることを止めることが出来ない。

しかし、知り得ないものは知り得ないこと。語りえないものは語りえないものです。これを無理に知ろう、語ろうとしても、それは徒労に終わるでしょう。世界はそのように出来ています。

仏陀はこのような説示を残されています。

聞如是。一時佛在舍衞國祇樹給孤獨園。爾時世尊告諸比丘。有四事終不可思惟。云何爲四。衆生不可思議。世界不可思議。龍國不可思議。佛國境界不可思議。所以然者。不由此處得至滅盡涅槃。云何衆生不可思議。此衆生爲從何來爲從何去復從何起從此終當從何生。如是衆生不可思議。…(中略)…・如是比丘。有此四處不可思議。非是常人之所思議。然此四事無善根本。亦不由此得修梵行。不至休息之處。乃至不到涅槃之處。但令人狂惑心意錯亂起諸疑結。(以下略)

このように聞いた。ある時、仏陀は舎衛国祇園精舎におられた。その時、世尊は比丘たちに告げられた。「思惟すべからざる四つの事柄がある。その四つとは何であろうか。衆生不可思議・世界不可思議・龍国不可思議・仏国境界不可思議である。(思惟すべからざる)その理由とは何であろうか。それによって煩悩を滅尽して涅槃に至ることがないからである。では衆生不可思議とは何であろうか。それは、生命とは何処より来たり何処に去るのか。また何の原因によってここに生じ、この生の後には何として生じるであろうか、と(の問い)を衆生不可思議という。…(中略)…比丘たちよ、この四つの不可思議があって、それは常人が思議しえるものではない。この四つの事柄は善の根本にはならず、これによって清らかな行を修めることも出来ず、心身は休まらず、終に涅槃に至ることもない。ただ人を狂わせ、心を錯乱させ、諸々の疑惑を生じさせるのみのものである」と。(以下略)

『増一阿含経』巻廿一 苦楽品第二十九 (T2, P657b)
[現代語訳:沙門覺應]

また、パーリ語経典にても、今示した阿含経とは若干内容が異なりますが、同様に「人が考え追求すべきでない事柄」について、仏陀は説かれています。

“cattārimāni, bhikkhave, acinteyyāni, na cintetabbāni; yāni cintento ummādassa vighātassa bhāgī assa. katamāni cattāri? buddhānaṃ, bhikkhave, buddhavisayo acinteyyo, na cintetabbo; yaṃ cintento ummādassa vighātassa bhāgī assa. jhāyissa, bhikkhave, jhānavisayo acinteyyo, na cintetabbo; yaṃ cintento ummādassa vighātassa bhāgī assa. kammavipāko, bhikkhave, acinteyyo, na cintetabbo; yaṃ cintento ummādassa vighātassa bhāgī assa. lokacintā, bhikkhave, acinteyyā, na cintetabbā; yaṃ cintento ummādassa vighātassa bhāgī assa. imāni kho, bhikkhave, cattāri acinteyyāni, na cintetabbāni; yāni cintento ummādassa vighātassa bhāgī assā”ti.

「比丘たちよ、不可思議の四つの事柄があって、それらは思索されるべきでないものである。誰であれ(それらについて)考える者には、狂気と悩害とがもたらされるであろう。ではその四つとは何であろうか?比丘たちよ、諸々の仏陀の境涯は不可思議であって、思索されるべきでないものである。誰であれ(これについて)考える者には、狂気と悩害がもたらされるであろう。比丘たちよ、禅者の禅の境涯は不可思議であって、思索されるべきでないものである。誰であれ(これについて)考える者には、狂気と悩害がもたらされるであろう。比丘たちよ、業果(業報)は不可思議であって、思索されるべきでないものである。誰であれ(これについて)考える者には、狂気と悩害がもたらされるであろう。比丘たちよ、世界(の始まり・終わり・無限・有限など)についての思想は、思索されるべきでないものである。誰であれ(これについて)考える者には、狂気と悩害がもたらされるであろう。実に比丘たちよ、これら不可思議の四つの事柄があって、それらは思索されるべきでないものである。誰であれ(それらについて)考える者には、狂気と悩害とがもたらされるであろう」

AN. Catukkanipāta, Acinteyyasutta (4.77)
[現代語訳:沙門覺應]

人は何処から来て何処へ行くのか。

この、多くの者が一度は考えることがあるであろう、人の永遠の疑問。「人生の意味」を見出すための哲学的課題。しかし、これを考究することは、それは煩悩を滅すること、涅槃を得ることに何ら関わりのない無益なことである、と仏陀は説かれます。

仏教では、それは仏陀となった者、まったき智慧を獲得した者にのみ完全に知り得ることである、けれども高い禅定の境地に達した者にも、それがある程度理解できるようになるといいます。

しかし、如何なる理由によって人として生まれ、如何なる理由によって福徳多き人生を送り、あるいは非業の死を迎え、また何処に生まれ変わるかなどについては、普通の者の考えの及ぶことではなく、それを考え続ければ心身安からず、ついに狂ってしまうと仏陀は説かれています。

ここで人に必要であるのは、死は絶対に訪れるものであり、それは普通、いつ・どこで・どのようにと予期の出来ないものであるのを、確かに憶念することです。死が自身に、そして周囲のどこにでもあふれていることを、常に見つめ確認することです。死という逃れることの出来ぬ事実を、おそらくは自分にとって理不尽にすら思えるその到来を、あくまで「我が事」として見つめ、用意し、受け入れておくことです。

やれ、と言われていきなり出来ることではないでしょう。

故に日々、実は周囲に氾濫している多くの死を、それが他人事ではないと見つめ知る訓練をしたらよいと思います。我が死、我が家族の死に対する物理的な準備も必要かつ重要でしょうが、まずもっとも肝要なのは、そのように自分に関する死についての準備をしておくことです。

死を常に意識することは、世間でよくいう「縁起でもないこと」などではありません。それは自身の生き方を変え、そして畢竟、自身に平安をもたらすものです。死に対する態度を定めておくこと、それは自身の利益に直結するものです。それはキリスト教であれイスラム教であれ仏教であれ、関係ありません。

仏陀のまさしく最後の言葉はこのようなものでした。

"Handadāni, bhikkhave, āmantayāni vo, Vayadhammā saṅkhārā, appamādena sampādetha". Ayaṃ tathāgatassa pacchimā vācā.

「さあ、比丘たちよ、諸々の作られたもの(諸行)は衰え滅びる性質のものである。怠らずに励んで目的を果たせ」。これが如来の最後の言葉である。

DN. Mahāparinibbānasutta, Tathāgatapacchimavācā
[日本語訳:沙門覺應]

人は死ぬまで生きていきます。

人は、我々は、私は生きて、そして死にます。死んでしまうのです。

小苾蒭覺應(慧照)拝記
(By Bhikkhu Ñāṇajoti)

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