真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

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‡ 『仏垂般涅槃略説教誡経(仏遺教経)』

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1.原文

 三誡多求

汝等比丘。受諸飮食。當如服藥。於好於惡。勿生増減。趣得支身。以除飢渇。如蜂採花。但取其味。不損色香。比丘亦爾。受人供養。趣自除悩。無得多求。壞其善心。譬如智者。籌量牛力所堪多少。不令過分以竭其力。

 四誡睡眠

汝等比丘。晝則勤心。修習善法。無令失時。初夜後夜。亦勿有廢。中夜誦經。以自消息。無以睡眠因縁。令一生空過。無所得也。當念無常之火。燒諸世間。早求自度。勿睡眠也。諸煩悩賊。常伺殺人。甚於怨家。安可睡眠。不自驚寤。煩悩毒蛇。睡在汝心。譬如黒蚖。在汝室睡。當以持戒之鉤。早屏除之。睡蛇既出。乃可安眠。不出而眠。是無慚人也。慚恥之服。於諸莊嚴。最爲第一。慚如鐵鉤。能制人非法。是故比丘。常當慚恥。無得暫替。若離慚恥。則失諸功德。有愧之人。則有善法。若無愧者。興諸禽獣。無相異也。

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2.訓読文

  三誡多求

汝等比丘、諸の飲食を受けること、まさに薬を服するが如くすべし。好に於いても悪に於いても、増減を生ずること勿れ。趣に得て身を支して、以て飢渇を除け。

蜂の花を採るに、但だ其の味のみを取って、色香を損ぜざるが如し1。比丘もまた爾なり。

人の供養を受けて、趣に自ら悩を除け。多く求めて、其の善心を壊ることを得ること無かれ。譬えば智者の、牛力の堪うる所の多少を籌量して、分を過ごして以て其の力を竭さしめざるが如し。

 四誡睡眠

汝等比丘、昼は則ち勤心に善法を修習して、時を失せしむること無かれ。初夜2にも後夜にも、また廃することあること勿れ。中夜に誦経して、以て自ら消息せよ。睡眠3の因縁を以て、一生空しく過して、所得無らしむること無かれ。

まさに無常の火の諸の世間を焼く4ことを念じて、早く自度を求むべし。睡眠すること勿れ。諸の煩悩の賊、常に伺って人を殺すこと、怨家よりも甚だし。安んぞ睡眠して、自ら驚寤せざる。

煩悩の毒蛇、睡って汝が心に在り。譬えば黒蚖の、汝が室に在て睡るが如し。まさに持戒の鉤を以て、早く之れを屏除すべし。睡蛇既に出でなば、乃ち安眠すべし。出でざるに而も眠るは、是れ無慚の人なり。

慚恥5の服は、諸の荘厳に於て最も第一と為す。慚は鉄鉤の如く、能く人の非法を制す。是の故に比丘、常にまさに慚恥すべし。暫くも替ることを得ること無かれ。若し慚恥を離れば、則ち諸の功徳を失う。

有愧6の人は、則ち善法あり。若し無愧の者は、諸の禽獣と相異なること無し7

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3.現代語訳

 三.多求の誡め

「比丘達よ、(托鉢によって得た)諸々の飲食は、(その見た目・音・匂い・味・舌触りに頓着することなく、ただ身体を維持するための)薬を服用するかのように摂るようにせよ。(得た食事が)良いものであっても悪いものであっても、頓着あるいは嫌悪の思いを起こさぬように。わずかに得たもので身体を維持し、飢えと乾きとを除け」

「蜜蜂が花から蜜を採るのに、ただその蜜だけを採って花の色や香りを損なうことがないように、比丘もまたそのように飲食の供養を受けるのである」

「人々からの食事の供養を受け、それでわずかに自身を養え。より多くの供養を求めて、人々の善心を損なってはならない。たとえば、智慧ある者が、牛を労働に使役するのにその限界をよく見極め、ほどほどに使って牛を疲弊させないようなものである」

 四.睡眠の誡め

「比丘達よ、昼は勤めて善法を修習し、時間を無駄にしてはならない。初夜にも後夜にもまた、善法を修習することを止めてはならない。中夜に誦経して休息せよ。心昏く呆けて一生を空しく過ごし、得るものが何も無いようではならない」

「まさに無常の火が諸々の世間(の事象・事物)を焼くことを心にとどめ、速やかに自らが自らを救うことを求めよ。心昏く呆けていてはならない。諸々の煩悩という賊が、常に人を殺そうと窺っていることは、仇敵とも比較できないほどである。どうして心昏く呆けているままにして、自心を奮い立たせ覚醒させないでいいということがあろうか」

「煩悩という毒蛇は、汝の部屋で眠っているようなものである。まさに持戒という鉤をもって速やかに煩悩という毒蛇を取り除かなければならない。心昏く呆けるという蛇を排除してからこそ、安眠するべきである。これを排除しないでいながら眠るのは、恥を知らぬ者である」

「慚恥という服は、諸々の装飾の中で第一に優れたものである。慚は鉄の鉤棒のようによく人の非法を制するのだ。このことから、比丘達よ、つねに慚恥せよ。ひと時も恥じることを捨ててはならない。もし慚恥を忘れたならば、たちまち諸々の功徳を失うであろう」

「慚ある者には、すなわち善法がある。恥を知らない者は、諸々の禽獣と異なることはない」

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4.語注

  • 蜂の花を採るに云云…「蜂が花の蜜を採るときに、花の色形や香りを損なわないように」という譬えは、しばしば仏典の中で用いられる。ここで花とは在家信者であり、蜜とは在家信者からの食事の供養である。
     ここで説かれているものとまったく同内容の一節が、『仏本行集経』ならびに『仏所行讃』にある。
     『仏本行集経』「得食如服藥 不當起愛憎 所得方便食 趣愈飢支形 喩如衆蜂集 採花之精味 以時度施食 無壞人慈敬 莫煩好施者」(T4, P107c
     『仏所行讃』「飯食知節量 當如服藥法 勿因於飯食 而生貪恚心 飯食止飢渇 如膏朽敗車 譬如蜂採花 不壞其色香 比丘行乞食 勿傷彼信心」(T4, P48b→本文に戻る
  • 初夜[しょや]…仏教では、一日を六分する。すなわち晨朝[じんちょう]・日中[にっちゅう]・日没[にちもつ]・初夜[しょや]・中夜[ちゅうや]・後夜[ごや]の六である。
     初夜は、現在の午後八時頃。中夜は、午後十時から午前二時頃。後夜は、午前四時頃。ここにあるとおりに修行するとなると、出家修行者は寝る間はほとんどない。しかし現在、一般的に出家修行者は十一時から深夜頃に就寝し、午前三時から四時に起床する。→本文に戻る
  • 睡眠[すいめん]…サンスクリットもしくはパーリ語middhaの漢訳語。ここで説かれる睡眠とは、眠ることではなく、精神が物憂くボーっとして不活性であることの意。単に「眠ってはならない」などと無茶なことが説かれているわけでないことに注意。
     もっとも、一般的な意味で「惰眠を貪ってはならない」という意も含まれていようが、特には「ボーっとして不活性な精神でいてはならない」という意が主である。それは後の一節において「心昏く呆けるという蛇を排除してからこそ、安眠するべきである」と説かれていることから明らかであろう。
     説一切有部または分別説部の阿毘達磨においても、「睡眠とは、ぼんやりとして物憂い心の状態」などと定義される。→本文に戻る
  • 無常の火の諸の世間を焼く…釈尊は成道してまもないころ、火の祀りを行う宗教者であったカッサパの教団全員を帰依せしめ、象頭山にて説法を行われた。「比丘達よ、すべては燃えている」と。すべては無常という火に燃えており、一刻の猶予もないというのである。あるいは仏教では、危機感をもって修行に打ち込むことをして「頭燃を払う」と言うことがある。あたかも頭髪が燃えているのを打ち払うがごとく、急遽として修行に打ち込むべきことを言う言葉である。
      『仏本行集経』「現意通者。汝等比丘。今應當知。此一切:法。皆悉熾燃。言熾燃者。眼亦熾燃」(T3.P850c→本文に戻る
  • 慚恥[ざんち]…慚とはサンスクリットhrī、あるいはパーリ語hirīの漢訳語。恥の意であるが、特に自らが自らに対して恥じる心の働きをいう。→本文に戻る
  • 有愧[うき]…愧とはサンスクリットapatrapā、あるいはパーリ語ottappaの漢訳語。愧もまた恥の意であるが、特に自らが他者に対して恥じる心の働き。→本文に戻る
  • 諸の禽獣と相異なること無し…人と獣との違いは何か?知性の強弱か?あるいは理性の有無か?仏教においては、恥を知ることこそ人が獣とは異なる所以、人をして人たらしむ所以であるとされる。→本文に戻る

現代語訳・脚注: 非人沙門覺應
horakuji@gmail.com

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