真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

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‡ 『仏垂般涅槃略説教誡経(仏遺教経)』

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1.原文

 二誡根心

汝等比丘。已能住戒。當制五根。勿令放逸。入於五欲。譬如牧牛之人。執杖視之。不令縱逸。犯人苗稼。若縱五根。非唯五欲。將無崖畔。不可制也。亦如惡馬。不以轡制。將當牽人。墜於坑陷。如被劫害。苦止一世。五根賊禍。殃及累世。爲害甚重。不可不愼。是故智者。制而不隨。持之如賊。不令縱逸。假令縱之。皆亦不久。見其磨滅。此五根者。心爲其主。是故汝等。當好制心。心之可畏。甚於毒蛇。惡獸。怨賊。大火。越逸未足諭也。譬如有人。手執蜜器。動轉輕躁。但觀於蜜。不見深坑。又如狂象無鈎。猿猴得樹。騰躍跳躑。難可禁制。當急挫之。無令放逸。縱此心者。𠷔人善事。制之一處。無事不辯。是故比丘當勤精進。折伏其心。

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2.読み下し

  二誡根心

汝等比丘、已に能く戒に住す。まさに五根1を制して、放逸して五欲2に入らしめること勿るべし。譬えば牧牛の人の杖を執て之れに視しめて、縱逸して人の苗稼を犯さしめざるが如し。

若し五根を縱にすれば、唯だ五欲のみに非ず。まさに崖畔無くして制すべからず也。また悪馬の轡を以て制せざれば、まさに人を牽いて坑陷に墜さしめんとするが如し。

劫害3を被むるも、苦一世に止まる。五根の賊禍は、殃い累世に及ぶ4。害を為すこと甚だ重し。慎まずにはあるべからず。

是の故に智者は、制して而も隨わず。之れを持すること賊の如くにして、縱逸ならしめず。仮令、之れを縱にすれども皆また久しからずして、其の磨滅を見ん。

此の五根は、心を其の主と為す。是の故に汝等、まさに好く心を制すべし。心の畏るべきこと毒蛇・悪獣・怨賊・大火よりも甚だし。越逸なること未だ諭するに足らず也。

譬えば人あり、手に蜜器を執て、動転軽躁して但だ蜜のみを観て、深坑を見ざる如し。また狂象の鈎無く、猿猴の樹を得て騰躍跳躑して、禁制すべきこと難きが如し。

まさに急に之れを挫いて、放逸ならしむること無かるべし。此の心を縱にすれば、人の善事を喪う。之を一処に制すれば、事として弁ぜずということ無し。

是の故に比丘、まさに勤め精進5して汝が心を析伏すべし。

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3.現代語訳

 二.根心の誡め

「汝ら比丘達は、すでに具足戒を受け持っている。(ならば次には、眼・耳・鼻・舌・身体という五つの感覚器官である)五根を制御し、自らの思うがままに(色形・音・匂い・味・触り心地に対する五つの欲望である)五欲に溺れることがないように。譬えば、牛を放牧する者が杖を手に持って牛に見せつけ、牛が勝手気ままに他人の農作物を食べてしまわぬようにするようなものである」

「もし五根を勝手気ままにさせたならば、五欲が際限の無いものとなるばかりではない。それはまるで、人が暴れ馬に乗るときに、轡を噛ませてそれを制御しなければ、その馬がその人を穴に転落させようとするようなものである」

「(自然災害や病気・怪我などの)災いによる苦しみは、人の一生涯を超えて受け続けるものではない。しかし、五根を放逸にした結果として起こる災い・苦しみは、幾世にもわたって自ら受け続けることになる。その害は大変に重大なものとなろう。よくよく慎まねばならない」

「このことから智慧ある者は、(五根を)制御して(五欲に)惑わされることがない。五根を制御することは、あたかも捕縛した盗賊を扱うかのようにして、決して勝手気ままにさせてはならない。たとえもし、五根の感じるままに五欲に溺れたとしても、それら欲望にもとづく快楽・満足などすべては程なく変化し、結局は虚しいものとなるであろう」

「この五根は心をその主とする。このことから、比丘達よ、まさしく確かに心を制御しなければならない。心が怖るべきものであることは毒蛇・悪獣・怨賊・大火よりも甚だしく、それらを遙かに凌駕するものであることは、いくら強調しても強調し足りぬほどである」

「譬えば、ある者が手に蜜を入れる容器を持ち、平静を欠いて落ち着きなく、ただ目先の蜜ばかりに心を奪われてしまったならば、(その蜜のある蜂の巣のすぐ下に口を開ける)深い坑に気づくことはないようなものである。また、あるいは狂った象を制御し得る鉄鉤が無いようなものであり、あるいは猿が木に登って跳びはね回って手がつけられないようなものである」

「ただちに心を監視して放逸たらしめないようにしなければならない。この心を勝手気ままにすれば、人は善事を失うのだ。よく気をつけて注意深く、心を気ままにさせることなく一つ事に留めていれば、事として成就出来ぬものは無いであろう」

「このことから、比丘達よ、まさに勤め励んで精進し、自らの心を制御しなければならない」

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4.語注

  • 五根[ごこん]…人の五つの感覚器官。眼・耳・鼻・舌・身(体)。→本文に戻る
  • 五欲[ごよく]…五根それぞれの対象に対する欲望。眼は色(もの。色と形)、耳は声(おと)、鼻は香(におい)、舌は味(あじ)、身は触(はだざわり)。それらに対する愛着、渇望または嫌悪を言う。→本文に戻る
  • 劫害[こうがい]…人生における様々な災い。風水で凶とされる「劫」を訳語として用いたか。→本文に戻る
  • 殃[わざわ]い累世に及ぶ…ただ今生にてその報いを受けるのみならず、来世においても様々にその苦しき業果を受けることとなる、ということ。
     仏教は自業自得そして輪廻転生を自明のこととしてその前提とするが、それは善因楽果・悪因苦果である。何事か善なる行いには安楽な結果が、悪しき行いには苦しき結果がもたらされる。それは決して今世において生じるのではなく、来世にても生じる。そもそも我々がここにこうして存在しているのは、あくまで前世の業報としてである。
     このような仏教の世界観、前提をあくまで非科学的・前時代的蒙昧の説であると否定していては、決して仏教を理解することは出来ないであろう。→本文に戻る
  • 精進[しょうじん]…努力精励すること。努力を持続させることである。
    一般に精進とは、「酒や肉魚などを摂取しないこと」との意味で用いられるが、原意ではない。→本文に戻る

現代語訳・脚注: 非人沙門覺應
horakuji@gmail.com

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