真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

現在の位置

五色線

ここからメインの本文です。

‡ 『仏垂般涅槃略説教誡経(仏遺教経)』

本文10ページ中1ページ目を表示
解題凡例 |  1 |  2 |  3 |  4 |  5 |  6 |  7 |  8 |  9 |  10
原文 |  訓読文 |  現代語訳

← 前の項を見る・次の項を見る →

・ トップページに戻る

1.原文

佛垂般涅槃略説教誡経 佛遺教経

後秦亀茲国三蔵 鳩摩羅什 奉詔譯

 論釋大科。分爲七分。一序分

釋迦牟尼佛。初轉法輪。度阿若憍陳如。最後說法。度須跋陀羅。所應度者。皆已度訖。於娑羅雙樹間。將入涅槃。是時中夜寂然無聲。爲諸弟子略說法要。

 二修習世間功德分。分爲七初誡邪業

汝等比丘。於我滅後。當尊重珍敬波羅提木叉。如闇遇明。貧人得寶。當知此則是汝等大師。若我住世無異此也。持淨戒者。不得販賣。貿易。安置田宅。畜養人民。奴婢畜生。一切種植。及諸財寶。皆當遠離。如避火坑。不得斬伐艸木。墾土掘地。合和湯藥。占相吉凶。仰觀星宿推歩盈虚。暦数算計。皆所不應。節身時食。淸淨自活。不得参預世事。通致使命。呪術。仙薬。結好貴人。親厚媟慢。皆不應作。當自端心正念求度。不得包藏瑕疵。顕異惑衆。於四供養。知量知足。趣得供事。不應蓄積。此則略說持戒之相。戒是正順解脫之本。故名波羅提木叉。依因此戒。得生諸禪定。及滅苦智慧。是故比丘。當持淨戒。勿令毀缺。若人能持淨戒。是則能有善法。若無淨戒。諸善功德。皆不得生。是以當知。戒爲第一安隱功德之所住處。

このページのTOP / 原文 / 訓読文 / 現代語訳 / 脚注

← 前の項を見る・次の項を見る →

・  目次へ戻る

・ “仏陀の教え”へ戻る

2.読み下し

仏垂般涅槃略説教誡経 仏遺教経

後秦1亀茲国の三蔵、鳩摩羅什が詔を奉って訳す

 論釋大科。分爲七分。一序分

釈迦牟尼仏初め法輪を転じて阿若憍陳如度し、最後の説法に須跋陀羅を度し玉う。

度すべき所の者、皆な已に度し訖[おわ]って、沙羅双樹の間に於いて、まさに涅槃に入んとす。この時中夜、寂然として聲無し。諸の弟子の為に略して法要10 を説き玉う。

  二修習世間功徳分。分為七初誡邪業

汝等比丘2、我が滅後に於いて、まさに波羅提木叉11を尊重し珍敬すべし。闇に明に遇い、貧人の宝を得るが如し。當に知るべし、此れは則ち是れ汝等が大師なり。若し我れ世に住すれども此れに異なること無けん。

浄戒12を持つ者は、販売貿易し、田宅を安置し、人民・奴婢・畜生を畜養することを得ざれ。一切の種植、及び諸の財宝、皆なまさに遠離すること火坑を避けるが如くすべし。草木を斬伐し、土を墾し、地を掘り、湯薬を合和し、吉凶を占相し、星宿を仰観し、盈虚を推歩し、暦数算計することを得ざれ。皆な応ぜざる所なり。

身を節し、時に食して13清浄14自活15せよ。世事に参預し、使命を通致し、呪術し、仙薬し、好みを貴人に結び親厚媟慢することを得ず。皆な作に応ぜず。まさに自ら端心正念にして度を求むべし。瑕疵を包蔵し、異を顕し、衆を惑わすことを得ざれ。

四供養16に於いて、量を知り足ることを知って、趣に供事を得て、蓄積すべからず。此れ則ち略して持戒の相を説く。

17は是れ正順解脱18の本なり。故に波羅提木叉と名づく。此の戒に依り由って、諸の禅定、及び滅苦の智慧を生ずることを得。是の故に比丘、まさに浄戒を持って、毀缺せしめること勿るべし。

若し人、能く浄戒を持てば、是れ則ち能く善法あり。若し浄戒無ければ、諸の善功徳は皆、生ずることを得ず。是を以てまさに知るべし。戒は第一安穏功徳の所住処18たることを。

このページのTOP / 原文 / 訓読文 / 現代語訳 / 脚注

← 前の項を見る・次の項を見る →

・  目次へ戻る

・ “仏陀の教え”へ戻る

3.現代語訳

仏陀が涅槃されるに際して端的に教えを説かれた経典

 論釈大科。分けて七分とす
 一.序分

釈迦牟尼仏は、ブッダとして初めてなされた説法の際にアーンニャータ・コーンダーンニャを悟りへと導き、その人生の最後にはスバッダラを得度された。

(仏陀はその生涯において、)教えを説くべき者、仏道に導き引き入れるべき者など皆を導き尽くされ、サーラ樹の間において、今まさに涅槃に入ろうとされていた。この時、時間は中夜であり、あたりはひっそりとして音もなかった。そこで(仏陀は、まさに入滅される直前に)、弟子達のために略してその教えの要をお説きになったのである。

 二.修習世間功徳分。分して七とす
 初.邪業の誡め

「比丘達よ、私が入滅した後には波羅提木叉を最も尊いものとして大切にし、最大の敬意を払わなければならない。それは暗闇の中で光明に出会うようなもの、貧しい人が財宝を得るようなものである。まさに知らなければならない、波羅提木叉こそ修行者達の大師であることを。もし、私が今入滅せず、久しく命を留めたとしても、波羅提木叉に説いたことに異なること(をこれ以上説くこと)はない」

「浄戒を受けた者は、販売・貿易など商売に関わってはならない。田畑や家屋などを所有し、雇用人や奴隷、家畜を養うなどしてはならない。すべての農耕や様々な財宝など、火の燃えさかる穴を避けるように疎い離れるべきである。草木を伐採し、土を耕し、地面を掘るなどしてはならない。薬を調合し、吉凶の占いを行い、星宿を見、月の満ち欠けを計るなどする占星術を行ってはならない。それらは皆、僧侶としてふさわしくない行いである」

「身をつつしみ、午前中にのみ食事をして、(律の規定に背かず)清浄に自活せよ。世俗の事柄に関わったり、俗人のために使いとなったり、呪術をなしたり、仙薬を作ったり、高貴な人々と深く交際して馴れ合ったりしてはならない。これらの行いは全て出家僧侶がなすべきことではない。自ら心を奮い立たせて常に気をつけ、ただ涅槃を求めよ。罪過を包み隠して悪行・非法を行うなど、比丘達の集いを惑わすことが無いように」

「(飲食・袈裟衣・臥具・薬の)四事供養については量を知り足ることを知ってわずかに供養を受け、それを蓄えてはならない。これらはすなわち、要略した(出家僧侶としての)持戒の相である」

「戒とは正順解脱の根本である。ゆえに波羅提木叉と名づけたのである。この戒に従うことによってこそ様々な禅定の境地、および苦しみを滅し去る智慧を獲得することが出来る。このことから、比丘達よ、浄戒を持ってこれを犯すようなことがあってはならない」

「もし人が、確かに浄戒を持ったならば、ここにまさしく善法がある。だが、もし浄戒を持つことが無ければ、諸々の善功徳が得られることはない。これによって知るべきである。戒こそが、涅槃という最上の平安を得る功徳が生じる元であることを」

このページのTOP / 原文 / 訓読文 / 現代語訳 / 脚注

← 前の項を見る・次の項を見る →

・  目次へ戻る

・ “仏陀の教え”へ戻る

4.語注

  • 後秦[ごしん]…今は「こうしん」と読む。支那は五胡十六国の一つ。西暦384年、羌[きょう]の姚萇[ようちょう]によって前秦に代わって建国された。都は長安。西暦417年、東晋の劉裕[りゅうゆう]によって滅ぼされた。→本文に戻る
  • 亀茲国[きじこく]…亀茲とは、漢代に栄えたオアシス都市国家Kuqa[クチャ]の音写語。漢民族の国家ではない清代より支那に侵略される。現在、漢民族による共産主義国家たる中華人民共和国によっての侵略・植民地化は継続されて行われており、今や中国の一部、新疆ウイグル自治区とされている。→本文に戻る
  • 鳩摩羅什[くまらじゅう]…亀茲国出身の僧Kumārajīva344-413)の音写名。羅什としばしば略称される。
     羅什の父はインド出身の僧であったが、亀茲国王の妹に見初められたため、ほとんど強制的に還俗させられて結婚。羅什をもうけた。のち彼は出家し、若くして世にその英才で知られるようになる。前秦が亀茲国を攻略した際には、彼を高僧として厚遇。後秦の世となってから長安に迎えられ、訳経僧として仏典の翻訳に従事し、数多くの重要な小乗・大乗仏典を翻訳。その訳文は中国語として大変美しく流麗で、今に到るまで支那はもとより日本においても、支那の四大三蔵法師の一人として讃えられている。
     もっとも、羅什は、その父と同じく因果なことであるが、長安にて、その優れた才を継ぐべき子を設けるべきであると、皇帝によって強制的に女性があてがわれ破戒。つまり、これはこの時点で彼が実質的に僧侶ではなくなったことを意味する。しかし、彼は依然としてその後も僧侶として生活を続けた。その生活も時の皇帝を檀越とするだけに奢侈であったようで、同時代の他の高名な三蔵達、例えば釈道安大徳などと比較すると、およそ僧侶として称賛しえたものでは全くない。
     また、羅什の訳文には、原文に無い文言、おそらくは彼自身の見解に基づく文言が多数挿入されているなど、文章としては美しくとも翻訳文としては問題が大変多いことが知られている。→本文に戻る
  • 釈迦牟尼仏[しゃかむにぶつ]…釈迦とは、サンスクリットŚākyaの音写語で、北インドの小国の王族の名。牟尼とはサンスクリットmuniの音写語で、賢者あるいは聖者の意。すなわち釈迦牟尼仏とは、「釈迦族の賢者である仏陀」との意。仏陀が釈迦族出身の聖者であったことからこのように言われる。
     近年は、仏教学者らが釈迦牟尼より釈尊と言う呼称を好んでおり、一般に用いられるているが同じ意である。世間には釈迦牟尼を略して「釈迦」などと呼ぶ者があるが、適切な呼称ではない。伝統的敬称たる釈迦牟尼あるいは釈尊のいずれかが好ましい。→本文に戻る
  • 初め法輪を転じて…いわゆる初転法輪のこと。菩提樹下にて悟りを得た釈尊は、初め教えを説くことを躊躇されたが、梵天の懇請によって説法を決意された。そして、過去に修行を共にした五人の修行者に対して初めて法を説かれた。
     法を説くことを転法輪といい、それが初めてであったから初転法輪という。また、この最初の説法にあずかった五人の修行者は、一般に五群比丘と言われる。→本文に戻る
  • 阿若憍陳如[あにゃきょうじんにょ]…五群比丘の一人。釈尊の初転法輪に際し、一番最初にその教えの正当性を見抜いた人。サンスクリットĀjñāta-kauṇdinyaまたはパーリ語Āññāta-koṇdaññaの音写名。
     彼の本来の名はただKauṇdinyaであったが、釈尊がこの世で初めて説法されたとき、五人の比丘のなかで一番最初に釈尊の説く真理を認め、その真実に気づいたために、Ājñātaとの言葉が名前に冠された。サンスクリットājñātaあるいはパーリ語のaññātaとは、「了知した」「理解した」を意味する語。釈尊の説を憍陳如が認め悟ったとき、釈尊は「アージュニャータ・カウンディンヤ!アージュニャータ・カウンディンヤ!(憍陳如が理解した!憍陳如が理解した!)」と喜ばれたと諸々の経律にある。そして、それ以降Kauṇdinyaは、「理解したカウンディンヤ(Ājñātakauṇdinya)」の誉れある名で呼ばれるようになったという。→本文に戻る
  • 度し…度の漢字は渡に通じ、救いとの意を持つ。ここでは出家の意。
     一般に出家することを「得度」などというが、これは「救いを得る」との意味がある。救いを得るといっても、誰か他者から与えられるのではない。救いたる平安の境地を、修行によって自ら得る、というのである。
     時として、「人はどうしても駄目な存在であるから、やはり救いは何らか絶対的・超越的存在者から与えられる。そこでは信心が大切」などという言に類する説法をして、「これも種種様々ある仏の教えの一つです。嗚呼、ありがたい、ありがたい、南無南無~」などと放言する者がいるが、それは「仏の教え」ではない。→本文に戻る
  • 須跋陀羅[すばっだら]…個人として説法を受けた最後の人。サンスクリットSubhadraの音写名。釈尊が入滅されることを聞いて教えを乞いに訪れたスバッダラを、アーナンダは今はその時ではないと断るが、釈尊は許可して教えを説いた。伝承では、その時スバッダラは齢百二十歳であったという。
     もっとも、仏典における百二十歳というのは実年齢を言うものではなく、「八万四千の法門」などといった語と同種の、大変な高齢であったことを示す表現。スバッダラはたちまち法眼浄を得て、釈尊の滅後やがて阿羅漢となったという。→本文に戻る
  • 沙羅双樹[さらそうじゅ]…沙羅とはサンスクリットśālaの音写語で、フタバガキ科の常緑樹。インド亜大陸では比較的よく見かける木で、春にはよく香る白い花をつける。
     現在、日本ではこれをサラソウジュなどと呼称しているが、そもそも沙羅双樹と言う木があったわけではない。釈尊が横たわられ入滅された場の四方に、沙羅樹が二対で並び立っていた。そのことから、これを沙羅双樹と仏教では言い習わしていたのが一般に流布された結果、一本の沙羅でもサラソウジュなどと言うようになってしまったのである。
     日本では、その花が白く似ているということから、初冬に咲くナツツバキをもって娑羅樹と呼称する場合もあるが、まったく別の木である。→本文に戻る
  • 法要[ほうよう]…教えのかなめ。今の日本で想像されるような、葬式や法事などの儀式ではない。→本文に戻る
  • 波羅提木叉[はらだいもくしゃ]…サンスクリットprātimokṣaあるいはパーリ語pātimokkhaの音写語。漢訳語には、戒本・隨順解脱・別解脱・最勝などがある。一般的には「戒または律の箇条」を意味する。大方は律について言われる言葉であるが、戒についても言われる場合がある。その場合、これに出家者は律、在家者は戒と、その立場に応じて七種の別がある。これを七衆別解脱律義という。
     『仏遺教経』の対告衆[たいごうしゅ]、つまり説法の相手は出家者であるから、ここでは律を指していると言える。しかし、『仏遺教経』では、「戒は是れ正順解脱の本なり。故に波羅提木叉と名づく」としており、「律を守ることが、出家者にとって戒である」と言うがごときである。
     ちなみに、『四分律』での波羅提木叉の定義は、戒であり、また自己を修めるもの・威儀の拠り所・行いの根本・顔と首・諸々の善法を集めるもの・(冥想における)三昧を達成させるものなどとされている(T22, P817c)。→本文に戻る
  • 浄戒[じょうかい]…先にも述べたように、これはその内容からして僧侶の戒、すなわち律を意味している。→本文に戻る
  • 時[じ]…日の出から正午まで。僧侶は不非時食[ふひじじき]といって、正午以降翌朝に太陽が昇るまで食事を摂ってはならない。ここで非時というのは正午から翌朝の日の出までの時のこと。→本文に戻る
  • 清浄[しょうじょう]…綺麗・汚いという意味での清浄ではない。ここでの清浄とは、戒律に違反していないことを意味する。律蔵においては、律の規定に違わないことを、清浄あるいは浄というのである。たとえば比丘が律の規定に違反しないよう、その補助的な役割をする在家信者のことを浄人というように。
     後の一節で「此れ則ち略して持戒の相を説く」とあるように、ここに非法として挙げられている数数の行為は、すべて律蔵において僧侶がしてはならないこととして禁じられているものである。また『長阿含経』所収の『沙門果経』などにても、ほとんど同様の内容について、僧侶はこれらを為すべきでないと説かれている。
     ところで、これは余談となるけれども、仏典にはしばしば清浄という言葉が用いられるが、それが一般的な意味どおりに「清らか」という意で用いられている場合ももちろんあるが、この「律に違反しない」という意味以外に、無自性空の意で用いられている場合もあるため、よくその文脈を読む必要がある。→本文に戻る
  • 自活[じかつ]…仏教の僧団は、経済的物質的には「全面的に」一般社会に依存する。仏教の出家者は、農耕や商売など生産活動、ならびに営利活動に従事することが禁止されているのである。よって、仏教の僧侶の自活とは、「日々の托鉢などによって得たものでのみ生活する」という意。
     支那以来、日本においても、農耕などで自給自足するを良しとする宗派、たとえば禅宗などがあるが、それは実はまったく破戒活動に他ならない。日本に曹洞宗を伝えた道元が宋に渡航時、「一日為さざれば一日食らわず」という言葉を老典座から聞いて感動した、などという話が伝わっている。これはむしろ、宋代の支那では律について基本的な事項が廃され、非法の行為が常識となり、義務とすらなっていたことを物語る。そしてそれに感銘を受けてしまった道元の認識の程度というものも知れ用。この状況は、現在もかろうじて残っている支那僧のあり方に継承されている。彼らにとって、農耕はもはや義務とすらなっている寺院すらある。
     ところで、これは日本に限らず、インドやスリランカでも同様であったが、仏教教団が大きくなり定着したことによって、巨大な荘園を教団が所有するようになり、荘園経営などによって教団を維持するようなった。これによって、日本もスリランカも、(むろん例外はあるものの)大勢として托鉢することがなかった。そして現在、仏教を主に信仰する国で、托鉢を日常的に実行している国は、ビルマ、ラオス、カンボジア、タイくらいとなっている。→本文に戻る
  • 四供養[しくよう]…四事供養。すなわち、在家信者から僧が集団としても個人としても受けることの出来る、飲食・袈裟衣・臥具・薬についての四つの供養。四事供養とは、比丘としての出家生活の根本指標たる四依法に基づく供養。
     四依法とはすなわち、依糞掃衣(着るものはただ糞掃衣のみに依る)・依乞食(食はただ乞食を行じて得たもののみに依る)・依樹下坐(住まうのはただ樹下や洞窟などのみに依る)・依腐爛薬(用いいる薬はただ牛の尿から得た腐爛薬のみに依る)。
     これら四依法は、比丘となるため具足戒を受けるときに必ず教えられる、比丘としての原則的生活法である。釈尊が成道されてしばらくは、実際にこの四依法に基いた生活がなされていた。が、しかし釈尊ご在世の時から、次第に教団が大きくなり、また精舎・僧園の寄進なども集まるようになると、例外も多く作られて文字通りその原則を貫くこともできなくなり、またその必ずしもその必要もないこととなって、あくまでその原初的あるいは理想的指標となった。→本文に戻る
  • 戒[かい]…行為の善悪正否の根本的基準となるもの。道徳。原則として他者によって強制されるものではなく、自身の意志によって実行されるもの。
     「戒」という言葉自体は、「(良い)習慣」を原意とする、サンスクリットśīlaあるいはパーリ語sīlaの漢訳語。経典の中ではこれを音写した尸羅[しら]という言葉が使用されることがある。詳しくは別項、“戒とは何か”を参照のこと。→本文に戻る
  • 正順解脱[しょうじゅんげだつ]…凡夫(真理を知らぬ者)でなくなること。苦しみを引き起こす欲望から離れること。輪廻転生しなくなること。→本文に戻る

現代語訳・脚注: 非人沙門覺應
horakuji@gmail.com

このページのTOP / 原文 / 訓読文 / 現代語訳 / 脚注

← 前の項を見る・次の項を見る →

・  目次へ戻る

・ “仏陀の教え”へ戻る

本文10ページ中1ページ目を表示
解題凡例 |  1 |  2 |  3 |  4 |  5 |  6 |  7 |  8 |  9 |  10
原文 |  訓読文 |  現代語訳

・ トップページに戻る

メインの本文はここまでです。

メニューへ戻る


五色線

現在の位置

このページは以上です。