真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺

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‡ Bhaddekaratta sutta -祥染経-

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1.解題

一つのこだわり

今この項でBhaddekaratta sutta(祥染経)として紹介している経は、Majjhimanikāya, Uparipaṇṇāsa(中部後分五十)に収録されている一連の経、すなわちBhaddekaratta suttaĀnandabhaddekaratta suttaMahākaccānabhaddekaratta suttaLomasakaṅgiyabhaddekaratta suttaの、主題を同じくする四経です。

その主題とは何かと云えば、Bhaddekaratta uddesaで、これは日本では「一夜賢者偈」などと訳され、呼称される偈頌によって説かれています。しかし、この一般に用いられている「一夜賢者」なる語は正しいものではなく、その故にここではBhaddekarattaを「祥染」と訳し、経題としています。一体どうして「一夜賢者」なる訳語が正しいものではないと言うかは、本文の語注における説明に譲ります。

いずれにせよ、この経の主題は、仏教者はいかにして日々を、今を生きるべきかですこぶるシンプルな教えです。これを明後日の方向で捉えると、たちまちこの説示は人の発展進歩と対立するものである、人の創造性を否定するものである、などと言い出す輩が現れてしまうかもしれません。しかし、現実にこの教えを旨として生きてみれば、そのような見解が誤ったものであることが知られるでしょう。

非人沙門覺應 拝記
(horakuji@gmail.com)

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2.凡例

本文

このサイトで紹介しているMajjhima Nikāya所載のBhaddekaratta suttaは、1954年のビルマ・ラングーンにて開催された第六結集の際に編纂されたChaṭṭha saṅgāyāna版(ビルマ本)を底本とした。

日本語訳には、読解を容易にするため、原文にない語句を挿入した場合がある。それら語句は( )に閉じ、挿入語句であることを示している。しかし、挿入した語句に訳者個人の意図が過剰に働き、読者が原意を外れて読む可能性がある。注意されたい。

語注

語注は、とくに説明が必要であると考えられる箇所に付した。

語の説明に際しては、BuddhaghosaによるMajjhima Nikāya(中部)のAṭṭhakathā(注釈書)を適宜引用している。その際、これをMAと略記して、引用文の冒頭に付し、それが注釈書からの引用であることを示している。また、さらにṬīkā(復註書)も参照したが、これはMTと略記している。

関連する漢訳仏典を用いる際には『大正新修大蔵経』によった。その場合、例えば引用箇所が『大正新修大蔵経』2巻177項上段であった場合、(大正2,P177上段)と表示している。

非人沙門覺應 拝記
(horakuji@gmail.com)

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